序章 育土の意味~雑草の発生との関わり~

序章

目次

●自然農法~栽培の基本コンセプト~

●概要

1.土が良くなると草が減る

2.土壌の微生物相から見る

3.田植え後のボカシ散布の意味

4.雑草の役割

5.雑草対策における立脚点

6.土が良くなる、稲が育つ、雑草が減る、は同一現象

7.まとめ(所感)

コラム1-師匠

●自然農法~栽培の基本コンセプト~

~つながりをもたせ、連動させ、全体の動き(イメージ)として捉える~

本書で述べる栽培(自然農法)の基本概念は、連動(密接なつながり)と想像(イマジネーション)です。四季を通した田んぼとの関わり合い(栽培)のひとつひとつに、‘明確なイマジネーション,を持つことは栽培上きわめて重要な意味があります。そのためには拠り所となる‘立脚点,をあらゆる場面において明確にしておく必要があります。

「すべてのあらゆる事象は、その密接なつながりの基に連動している」という原理(概念)もその一つです。栽培技術を含め、田んぼで起こる事のすべては、どれひとつとして個別に存在するのではなく、すべてが全体の一体感、自然のリズムの中で何らかのつながりを持ち強く影響し合っていると考えられます。

つながりをもたせ、連動させ、全体の動き(イメージ)として捉える~これは自然農法の栽培を捉えていく上できわめて重要な観点になります。

自然農法農家として独立し10年が経過した現在でも、「すべてのあらゆる事象は、その密接なつながりの基に連動している」と信じ、感じ、その信念のもとに行動しています。私達(夫婦で農園を経営しています)の思い、心、行動、言動、畦を歩く足音や呼吸、そのすべてを稲が感じ、土が感じていると思っています。

●概要

~序章の概要~

自然農法の水稲栽培(無農薬米づくり)における最も大きな課題のひとつは雑草対策です。これがクリアできるならば多くの農家が無農薬に切り換えられるかもしれません。現在、雑草対策として多く実施されているのが、米ぬかやボカシといった易分解性有機物を田植え直後に散布する方法です。そのメカニズムは「米ぬかやボカシが水中で分解されることによる‘有機酸の発現,や‘還元化,により発芽してまもない雑草幼芽の生長を阻害させる」ものとして一般的に考えられています。

これは化学的根拠と言えるものですが、本書では、雑草対策における<立脚点>を‘雑草の排除,ではなく‘土を育てる,方向へ、つまり雑草の役割を‘認める,ところに置きたいと考えています。

例えば「土が良くなって草が減った」というのは、多くの農家の実感です。すなわち、雑草対策としての米ぬかやボカシ散布の効果の差は、実はその大部分が‘土の状態,に起因すると考えられます。そうした‘土の状態,を土壌微生物相から分類し、有機物施用に伴う雑草の発生状況を、土壌微生物相の観点から観察してみると、雑草発生の構図(メカニズム)が垣間見えることがあります。

実際、土が十分に出来ていない状態(有用な微生物群が十分に生息活動していない状態)では、有機物の施用がかえって雑草の多発を招き、逆に良い状態の土では、同じ有機物でもトロトロ層を発達させ雑草の発生が全く見られなくなることがあります。

さらに、雑草に土を肥沃化する働き(自然の法則)を見出すならば、雑草対策における立脚点は雑草の‘排除,ではなく‘土を育てる,方向にあると考えざるを得ません。「土が良ければ、稲は育ち、雑草は育たない」というのは、自然観察からは明らかに見出せる事実です。

つまり、雑草を単なる邪魔者と見なして、毒的・薬的な作用で(除草剤は当作用の最たるものですが)排除するのではなく、土を良くするという自然界における雑草の役割を認めるところから始めよう、ということです。どういうこと?そう思われるかもしれません。詳しくは以下本文で説明していきます。

1.土が良くなると草が減る

無農薬の米づくりにおける「雑草対策」としての田植え後のボカシや米ぬかの散布※は、効果のあるところとないところに分かれます。「効果があった」と実感できる場合と、むしろ「雑草を増やしたのではないか」と思わせるような事例も実は数多く見られます。この差は一体どこにあるのでしょうか?
米ぬか・油かす・魚かすなど分解しやすい有機物を一定の割合で土と混ぜて発酵させたものを「ボカシ」と言います。「ボカシ」はその名の通り‘ぼかす’、‘ぼんやりさせる’、‘あいまいにさせる’という意味から来ており、原材料を微生物の力で発酵させることにより、元の材料とは趣の異なった、植物の根に優しいものに変わります。(※ここでは主に土を使用しないタイプのボカシを指します。)
田植え後に上記ボカシや米ぬかをまくと雑草の発生を抑えることができることが経験的に認められています。米ぬかやボカシが水の中で分解される時に、雑草の芽が育ちにくい環境(酸欠・有機酸の発現等)が作られるからと言われています。しかしその効果には田んぼによって大きくばらつきがあります。
ちなみに現在、我が農園(京都丹波の里はらだ自然農園)では、田植え後のボカシ散布は実施していません。後述しますが、主な理由として、雑草対策へのアプローチの見直し、食味へのこだわり、専業農家としての規模拡大に伴う労力削減があげられます。しかし、それはあくまで当地におけるひとつのやり方であり、雑草対策としての米ぬか・ボカシの田面散布は、お米の無農薬栽培の重要な技術のひとつであり、いつでも使えるように引き出しの中に大切にしまっておきたい技術です。

一口にボカシ散布といってもチェックすべきポイントは数多くあります。畦からの漏水の有無、代かき方法、用水温、田水温、水深、均平度、田植え時期、日減水深、土壌タイプ、植え付けの深さ、などなどです。これらは見逃せない重要ポイントです。

しかし、最終的なカギを握っているのは、「土が育っているか、育っていないか」「土が出来ているか、出来ていないか」であり、すべてがここに集約されてくる可能性があります。これは多くの無農薬栽培の田んぼの観察から見出される経験的な事実です。例えば、良い土は、水を入れてさっと代を掻いただけで、トロトロになり、ボカシを田面に散布すれば、さっと微生物の活性があがるのが感じられ、田は赤く濁り始め(もちろん臭気はない)、稲は根をしっかりと張り、雑草はそんな力強い稲に遠慮するかのように大人しくしています。田面に顔を近づければ、水生ミミズが元気いっぱいに活動するのが見え、表層土はどんどん上質なトロ土へと変わっていきます。

農家が「随分、土が良くなってきたなぁ」としみじみ実感するのに伴い、雑草は見間違えるほどに減ってきます。「土が良くなって草が減った」と多くの農家が実感されているのです。これが紛れもない自然農法無農薬栽培における農家現場の事実です。ですからそんな農家は、雑草対策が上手くいかない圃場を見て「土がまだ出来ていないからだ」と口をそろえて言うのです。

2.土壌の微生物相から見る

良い土とは一体どんな土なのか?‘稲がよく育ち雑草がほとんど発生しない田んぼ,や反対に‘稲が育たず雑草が多発する田んぼ,など、様々な無農薬栽培の田んぼで観察を繰り返していると、田んぼの土壌微生物相による差が感じられる時があります。

比嘉照夫教授※は自著「微生物の農業利用と環境保全」(農文協、1991)の中で「栽培の要は、まずは見えない部分の土台を構成する微生物相を強固にすべきであることを深く理解する必要があろう」と指摘し‘意図的な微生物相の管理,の必要性を説いています。‘圃場観察から見出される微生物相の差,こういった微生物的観点に立つ場合、比嘉教授が土壌微生物相から土壌を分類した「発酵合成型土壌」をはじめとする一連の概念は多くのことを示唆してくれています。少し引用が長くなりますが、後ほど当著より引用します。

その前に(EMには賛否両論あり)
EMは比嘉照夫教授によって開発されました。EMは自然界に存在する有用微生物群で構成されている資材ですが、一般的にEMには賛否両論あります。自然農法センター時代、様々な会合や集まりに出席しましたが、EMに対する強烈な拒否感を持つ人に出会い、食事の席で批判的な意見を聞いていたこともあります。比嘉教授が謳うEMの効果が絶大過ぎる?!!EMとは?
それで実際はどうなのか?
現在、私は、無農薬の米作りに関する限りでは、大幅な増収や雑草の削減などEMによる著しく大きな効果は期待はしていません。ただ効果はないわけではなく、私は後述するような使い方をしています。光合成細菌、乳酸菌、酵母など一般的に広くその有用性が認められている自然界に存在する微生物群です。ポイントを見極め、上手に使いこなすことができれば、増収や雑草削減など人より確かな効果をものにできるのかもしれません(私はその段階には至っていません)。ちなみに私は、むやみにEMをまくのではなく、EMを使うなら、以下で述べるような、ここ、というポイントを決めて使っています。
ワラや米ぬかなどの有機物に対するEMの施用効果は高いと感じています。つまり、ワラや米ぬかを直接田んぼにすき込むと、未熟な有機物として土中に残り、稲の根に悪影響を及ぼすことがあります。人の体に例えると食べ過ぎの消化不良状態です。こんな時、EMを施用してやることで緩和されることがあります(もちろん絶対ではありません)。私は田んぼに米ぬかを施用しますが(ちなみに米ぬかは稲の肥料ではなく微生物を始めとする土壌生物へのエサとしての感覚強く持っています)、その時、米ぬかにEMを混ぜます。すると混ぜている段階で微生物が動き出しているのが分かります。米ぬかの匂いが明らかに変わるからです。ほのかに甘い発酵臭です。
誰の目にも明らかな絶大なEMの効果は期待出来ないかもしれませんが、栽培当事者が感じることができる“こだわりの違い”、それをどう捉えるかは、栽培者の好みや感性なのかもしれません。
他では、自家菜園用の米ぬかボカシを作る時にEMを使っています。失敗なく良いボカシができます。余談ですが、クロダイ釣りなどの撒き餌にEM米ぬかボカシを混ぜています。匂いも良いですし、保存もききます。EMにより有機物の可動域が広がる可能性があります。
もうひとつの余談
農園には、くみ取り式の簡易トイレがありますが、使用のたびに、EMの活性液(EM原液を2000倍程度まで培養した乳酸菌と酵母が主体のもの)を流し、年に1~2度、自分でくみ取りしています。EMによりかなり浄化され、ほぼ液体になっているので、あまり汚い感じはありません。

話がそれました。本題に戻ります。比嘉教授の著書より引用します。

以上の腐敗、発酵、合成の連動のしかた、どのような微生物が主体になるかによって、土壌を以下のように分けることができる。

①腐敗型土壌
土壌中の糸状菌のなかのフザリウム占有率が高く(15~20%以上)、窒素分の高い生の有機物を施用すると悪臭を発し、ウジが発生したり様々な害虫が集まったりする。病害虫が多発しやすく、生の有機物の施用は有害となる。現状の一般土壌の90%以上が腐敗型土壌である。無機養分が不溶化し土壌は固く物理性も悪い。水田ではガスの発生が著しい。

②浄菌型土壌
抗菌物質などを生成する微生物が多く、土壌病虫害がでにくい土壌を浄菌型土壌という。ペニシリウムやトリコデルマ、ストレプトマイセスなどの活動が強く糸状菌のなかのフザリウム占有率が5%以下になった土壌で病害虫の発生がきわめて少ない。窒素分の高い生の有機物を入れても腐敗臭は少なく、分解後は山土の表土の臭いがする。土壌も比較的団粒化が促進され、透水性も良好となる。病気にはならないが収量はやや低い。しかし、これに④の合成型が連動すれば、高い生産力を有するようになる。

③発酵型土壌
乳酸菌や酵母などを主体とする発酵微生物が優占している土壌で、生の有機物を施用すると香ばしい発酵臭がして、こうじカビが多発する。フザリウム占有率も5%以下で耐水性団粒形成能が高く、土壌は膨軟となり無機養分の可溶化が促進される。土壌中のアミノ酸、糖類、ビタミン、その他の生理活性物質が多くなり、作物の生育を加速的に促進する。水田におけるガスの発生は抑制される。

④合成型土壌
光合成細菌や藻菌類、窒素固定菌などの合成型の微生物が優占している土壌で、水分が安定していると、少量の有機物の施用でも土壌は肥沃化する。フザリウムの占有率も低く、②の浄菌型土壌と連動する場合が多い。水田におけるガスの発生は抑制される。
そして、発酵系とこの合成系が強く連動すれば、発酵合成型土壌という最も理想的な土壌となる。
「微生物の農業利用と環境保全」(農文協、1991)

改めて、この区分はとても興味深いと思います。

すなわち、良い土とは、有用微生物群が十分に生息活動している状態であり、先の「土が良くなって草が減った」という実感は、「有用微生物群が十分に生息活動するようになった結果、雑草が減った」というふうに言い換えることもできると考えられます。

また比嘉教授は「各土壌間の明確な区分点はなく、相互に入り混じっており、おのおのを代表する微生物群の突出によって便宜上分類したにすぎない」と続けて述べています。

専業農家になり、自然は本当につかみ所のない超パワーの多重構造になっているとしみじみ感じています。
土の育ち具合をしみじみ感じるのは、(個人的には)実はお米を食べた時です。自然が、稲が育ててくれた、そして自分達も自然といっしょになって育てたお米を口に入れて噛み締めた時のお米の味の甘み・深み・奥深さ、その豊かさの広がりに、土、稲、そして本来の自然というものを感じます。

3.田植え後のボカシ散布の意味

さて、話を「田面ボカシ」に戻しますが、現在その雑草抑制のメカニズムとして一般的に考えられているのは、田面散布後にボカシや米ぬかが水中で分解される過程における‘還元化,や‘有機酸の発現,に由来する発芽段階での抑制効果であり、ゆえに長期熟成させたボカシよりも短期に発酵させたボカシ、または生の米ぬかが良いと言われています。一理ありです。しかし私が東北の現場をまわっていた頃、長期熟成させたボカシを使う農家もいて、一定の効果が見られていました。これも一理ありかもしれません。何故でしょうか?生ぬかがいいのか、それとも長期ボカシがいいのか、これについては、後ほど別章(‘ボカシ散布,の項)で検討してみたいと思います。

いずれにせよ、先の「腐敗型土壌」(有用な微生物群が十分に生息活動していない状態)に一定量の米ぬかやボカシを散布したらどうなるでしょうか?有機物は腐敗し悪臭を発し、稲は育たず、こういう状況に適応できる雑草が育ち、イネミズゾウムシが寄ってくるかもしれません。ところが自然農法の実施年数が長い田んぼで同じように有機物を施用した場合、それはトロ土の形成を促進し逆に雑草は全く発生してこなくなる場合があります。

すなわち、同じように有機物を施用しても、土が受け入れず余剰分が溢れだし(腐敗的に分解される)それを吸い取るかのように雑草が多発するような印象を受ける田んぼもあれば、反対に有機物が生命循環の輪に見事に取り込まれていくような感覚を覚える田んぼもあります。同じ有機物でも田んぼによって受け入れ態勢がまるで異なるのです。こういった一連の現象は数々の現場での観察から見出すことができます。

このように、農家現場では、同じような栽培管理を施しても土壌の反応がまるで違うことがよく見受けられます。つまり、米ぬかやボカシを散布する際に最も気をつけなければならないのは、「土の育ち具合」であり「有用な微生物群をはじめとした土壌生物が十分に生息活動できる状態にあるかどうか」という点です。「腐敗型土壌」への散布は逆効果になる可能性もあるのです。効果の分かれ目は、こうした土の状態にすべてが集約されてくるといっても過言ではないのです。

雑草の発生状況を、こうした土壌微生物相の観点から観察してみると、雑草発生の構図が単純化されて見えてくる可能性があります。極論ですが、雑草の発生は、有用微生物群の生息活動(活性化)に大部分が委ねられているということになります。

「土壌微生物相の観点から観察してみると、雑草発生の構図が単純化されて見えてくる」、これは言い過ぎです!!削除してもよかったのですが、あえて残しました。独立して実践農家となり10年経ちましたが、「雑草発生の構図が単純化されて見えてくる」ことなんて決してありません。うまく行った時(反対に失敗した時)は確かにそう感じる(錯覚する)時もあるのですが、雑草の発生は、本当に摩訶不思議な世界です。決して単純な世界ではないと改めて気づかされます。
さて、本文に話を戻したいと思いますが、ここでお伝えしたいことは、実際的な栽培を組み立てていく上での基礎となる考え方(立脚点)です。
ここで雑草対策としての米ぬかやボカシ散布についてひとつのイメージが浮かび上がってきます。
◎ボカシ散布 → 微生物の基質(エサ) → 有用微生物の活性化 → 土壌の活性化(トロトロ層の形成など) → 雑草の減少
※米ぬかやボカシは、微生物をはじめとした土壌生物のエサであり、有用微生物を始めとした土壌生物の働きを活性化させる。(後述参照:図2)

すなわち「ボカシは、有用微生物の活性化に伴う土壌の活性化(土が良くなること)に直接的に連動する」ことによって初めて雑草の制御が可能になるのではないかという考え方です。

つまり、後述するように、ボカシ散布における焦点(栽培のイマジネーション)は雑草の直接的な抑制ではなく、‘有用微生物の活性化,にあるということです。直感的に観察できる客観的状況としては、物理的な効果(トロトロ層に埋没)はきわめて高いです(写真1、写真2)。

さらに、自然の摂理は、奥深いことを示唆しています。
何故「土が良くなると草が減る」のか視点を変えて、次項でもう少し説明しましょう。

自然農法無農薬田の様子、コナギの発生は皆無
自然農法無農薬田の様子、コナギの発生は皆無
 
自然農法無農薬田の様子、良質なトロ土が形成されていた
自然農法無農薬田の様子、良質なトロ土が形成されていた

写真1 水田雑草(コナギ)の発生は皆無
僅かにミゾハコベとシャジクモが確認できる程度(左)。良質なトロ土が形成されていた(右)。(2004年6月17日 島根県安来市にて撮影)

稲生育期間中は発生が全く見られなかったコナギが(写真1)、コンバインのキャタピラにより土壌構造(トロ土層)が崩れたところで収穫後密生した。
稲生育期間中は発生が全く見られなかったコナギが(写真1)、コンバインのキャタピラにより土壌構造(トロ土層)が崩れたところで収穫後密生した。
 
コナギの種は多くあっても、土壌の多重構造により出芽できない状況であったことが推測された。
コナギの種は多くあっても、土壌の多重構造により出芽できない状況であったことが推測された。

写真2 トロトロ層の効果
稲生育期間中は発生が全く見られなかったコナギが(写真1)、コンバインのキャタピラにより土壌構造(トロ土層)が崩れたところで収穫後密生した。コナギの種は多くあっても、土壌の多重構造により出芽できない状況であったことが推測された。
(2004年10月14日 島根県安来市にて撮影)

4.雑草の役割

雑草による土の肥沃化 ~「役割」と「遷移」~

雑草は、自然界において、様々な役割を担っていると言われています。こんな時、良く例えに使われるのが、畑雑草のスギナです。スギナは酸性土壌に生育することは良く知られていますが、真髄は、時には2m以上も根を伸ばし、地中深くからカルシウム等のミネラルを吸い上げ、地表に還元し、酸度を矯正するという特性にあります。そうして他の植物が生育できる環境が出来上がると、その役目を終えたかのようにスギナ自身は消えていきます。

まるでバトンリレーのように、次にはカラスノエンドウやハコベといった別の雑草が発生してきます。土の肥沃化に伴い、植生は変化していきます。

このように、自然現象からは、雑草には、土を良くする働きがあり、雑草は、土の状況に合わせて発生するという、雑草の「役割」と「遷移」を見出すことができます。こうした自然法則の元に雑草の発生消長は繰り返されているのです。そしてこの雑草の「役割」と「遷移」には、雑草とうまく付き合う(雑草を制御する)ためのヒントが隠されています。ではもう少し雑草の植物としての役割を見てみましょう。

植物の役割

植物は、太陽エネルギーを固定(光合成)することができる極めて貴重な特性を持っています。私たち人間を含めあらゆる生命は、植物の光合成を基にした食物連鎖の中で生かされているのです。生命の本質から考えれば、雑草は貴重な存在です。

土は被覆物のない無防備な状態では、時に強い太陽光線にさらされ、乾燥も進み、さらに雨や風により浸食されやすくなります。ゆえに土が生成発展していくためには、植物等で被覆されている必要があります。こういった観点からは雑草が発生する最大の要因は‘土,にあると考えても不思議ではないのです。土はあらゆる生命(いのち)を育む、生命の根元ですから、雑草は土を守る使命を与えられていると考えても不思議ではないのです。

また、植物はその生死の繰り返しの中で、大量の有機物を地表に還元していきます。それは土を覆いながら、微生物をはじめとするいろんな生き物に衣食住を提供し、多くの生き物を養います。土には多種多様な生命が溢れ、土は団粒構造が発達していきます。

さらに植物は土中深くにも根を伸ばし、自らも土を耕し、死後は根を還元し(根成孔隙の形成など)、根の表面からは土壌生物に餌(分泌物)を提供し、微生物と共存しながら、同じく豊穣な環境を土の中にも形成していきます。

また根粒菌の力を借りて空中窒素を固定したり、先ほどのスギナのように地中深くからミネラルを吸い上げ地表に還元したりします。

水田雑草では、C4植物で光合成能力が高く有機物の生産能力に長けたヒエは有機物の少ない痩せ地に発生し、枯死した後に大量の有機物残さを還元します。同じく水田雑草のクログワイは、そのストローのような茎から土中のガスを抜くと聞いたことがあります。このように、植物(雑草)は、土を肥沃にし、多くの生命を育んでいます。

雑草が育つ必要のない土

こうした一連の雑草の発生消長に関わる事象を見てみると、先に少し触れたように、雑草は土を肥沃にするという自然の一定の法則性の元に発生してきているのではないかと考えることが出来ます。

すなわち、こうした雑草発生の観点からは、肥沃な土壌では雑草が発生する意味合いは幾分薄れてきます。つまり雑草の発生数は少なくなる、というわけです。「土が良くなって草が減った」という農家の実感は、こうした自然の摂理に則った真理と言えるのかもしれません。

同様な観点から、稲が旺盛に生育し植物としての機能を十分に発揮すれば雑草は減らざるを得ないのです。すなわち、雑草対策の基本は、「良い土を育てる」ことに尽きるのです。

良い土とは、「稲が育ち、雑草が育つ必要のない土」ということです。

(参考文献:片野学「自然農法のイネつくり」農山漁村文化協会1990)→ コラム5(第1章でも掲載)

5.雑草対策における立脚点

自然農法(無農薬栽培)の雑草対策を考えていく上でこういった観点に立脚する場合、「田植え後に散布する米ぬかやボカシは、雑草を直接的には抑制せず、2次的3次的に関与する程度であって直接的には‘育土,に連動するものである」と考える方が妥当になってきます。

こう考えるもうひとつの背景として、米ぬかやボカシの散布効果が見られる事例と、逆に効果が全く見られない多くの事例の中で、散布され固まって落ちたボカシや米ぬかの中で平然と芽を切り、根を伸ばす水田雑草のコナギを何度も手に取り確認してきたという経験があります。それはむしろコナギの発芽生長を促進しているかのようでした。

前述したように農家現場での観察からは、慣行から切り換え当初の一般的な‘腐敗型土壌,では、有機物の施用がかえって雑草を増加させていると感じられる時もありますが、‘良い土壌,では反応は全くの逆です。すなわちこれらの現象も、雑草対策を意識した有機物の施用は、雑草を直接的に抑制するというよりはむしろ、土を育てることに直接的に連動している可能性を示唆しています。

これまでの様々な観察状況から、雑草対策における立脚点は、‘抑制,や‘排除,ではなく雑草の役割を‘認める,方向、すなわち‘土を育てる,方向にある、と感じています。

6.土が良くなる、稲が育つ、雑草が減る、は同一現象

「稲が良く育つ田んぼは雑草が少ない」傾向が往々にして見られます。「稲が良く育つ田んぼの土は実に滑らかでとろみを帯びている」ことは、経験的に明らかな事実です。

稲が植物としての機能を十分に発揮していれば、雑草は自身の役割を稲に託すのでしょうか、「稲の良好な生育は、雑草を相対的に減少させる」ようにも見えます。

そして農家現場で、色々な田んぼを観察していると、
実は、①土が良いこと、②稲が育つこと、そして③雑草が減ること、というのは一定の自然法則に基づいた、ほぼ同時に進行して起こる同一の現象に見えてくるのです。

逆の場合も全く同様で、①稲が育たない、②雑草が多い、③病害虫が多い、という場合も、よく観察していると、雑草が多いから、また病害虫が多いから稲が育たないというよりは、それら3つの現象も同じく、ほぼ同時に進行している同一の現象と見た方が妥当であるような気がしてきます。むしろ観察からはそのようにしか映ってこないのです(特に初期、生育の方向性を決定づけるという意味において、こうした傾向が顕著に見られます)。

すなわち、答えはすべて土の状態で決まっていると考えることが出来ます。 ‘すべての答えは土にある,と言っても過言ではありません。農の原点、それは‘土,です。

7.まとめ(所感)

「土が良くなると雑草が減る」というのは、今や自明の理です。農家現場における様々な観察状況、そして雑草の‘土を肥沃化する,という自然界における働きからは、雑草対策における立脚点は、‘排除,ではなく、雑草の役割を認め‘土を育てる,ところにあると考えざるを得ないところに来ています。すなわち、ボカシ散布とて、雑草を直接的に抑制するのではなく、育土に連動することによって、結果雑草が減少すると考える方が、明らかに自然の理にかなっているように思われます。


コラム1

師匠
本書を執筆中、ふとある本に目を通すと、師匠(私の元上司)である岩石真嗣研究員(自然農法センター所属)の研究報告が目に止まりました。何年も前に一度読んだかどうかという程度の記憶でしたが、本報告を読み進める内に過去のいろいろな事が思い出され、私がいかに岩石氏の影響を強く受けながら自然農法の水稲栽培を見つめてきたのかということがひしひしと感じられました。驚いたのは、序文(概要)およびまとめの冒頭でほぼ同じフレーズを私が用いていること、さらに岩石氏のものはより化学的かつ客観的な視点による考察をしていることでした。序章部分の補足も含めて、以下に引用したいと思います。
『土がよくなると雑草が問題なくなる』という農家の感覚も、有機物分解を反映して変化する窒素含量や水棲生物の活動量の増加をとおして、水稲を中心とした水田土壌生態系の豊かさとして感じられる、複合的な現象と考えられる。『土がよくなる』という言葉を『土の豊かさの向上』と言い換えると、水稲にとって無害あるいは有益な雑草をはじめ微生物や土壌動物などのバイオマスが増加し、土壌化学性や土壌物理性が良好になることが理想的である。(中略)その理想的な条件が土壌生態系を構成するいくつかの総合した働きによって成立する可能性があり、自然農法実施水田として耕種的に水稲生育を促進し、雑草発生を抑止している水田土壌が存在する事実が確認できる。その場合、雑草発生量を抑制している要因として、化学肥料に比べて、有機物施用やボカシ表面施用は水稲に有益な生物に利用され、一時的に窒素を土壌中に固定して、雑草の窒素吸収を阻害していると考えられる。有機物施用にともなってミミズや微生物などの活動が促され、養分供給能が増加することによって、稲の生育が促進されていることが推定される。そのため、雑草が制御される水田には、そうした有機物分解途中の働きが機能していることが重要と思われる。」(岩石真嗣「自然農法水田における雑草制御の現状と展望―耕種的防除効果を決める有機物の利用―」より:日本有機農業学会編「有機農業-21世紀の課題と可能性」コモンズ2001に所収)

追記

上記コラムは今から10年以上前、拙著「自然農法の水稲栽培」の執筆時に書きました。今改めて「引用部」を読む返し、また驚いています。

当サイトで紹介している拙著「自然農法の水稲栽培」は先達たちの経験と知識を伝えるものです。そうした知識を何度も咀嚼し、田んぼの中で経験と観察を積み重ねるうちに、自身の血肉となり、自分なりの解釈や言葉も生まれます。

私の解釈は時に間違っています。自然の摂理は奥深いです。

→ 第1章(栽培を始める前に)へすすむ