お米でやせる!?糖質制限ダイエットについて思う

ご飯
ご飯

<読了目安時間:かなり長め(20分以上)です>

目次

お米では太らない!?

私は米農家である。自然農法で無農薬米を育てている。いわゆるお米に命をかける百姓である。そんな私が糖質制限ダイエットのことを知ったのは数年前のことである。

「なんとお米を食べないのか!?」

私は自分のお米(無農薬米)が本当に美味しくて大好きなこともあって、農繁期は大きめのお茶碗でご飯を1日8~9杯ぐらい食べる。もう50歳を過ぎてる、糖質制限派から見れば、「あんた、どうかしてるぜ!」というレベルだろう。

夏の農繁期はお米をたっぷり食べても、やせる!

自然農法の田んぼ(京都丹波の里はらだ自然農園にて)
自然農法の田んぼ(京都丹波の里はらだ自然農園にて)

農繁期は朝早くから日暮れまで農作業に励むのでお米をたっぷり食べないとやっていけない。そう、お米を食べずして、どうやって“ここ”を乗り越えていけるのだ。それでも酷暑の夏場は少し体重が減る。かといって冬場に体重が増加することもない(ちなみに私は決して太らない体質ではない)。お米()なんていくら食べても全く太るように感じないというのは、私個人の感覚であろうか、世間的感覚にはそぐわない。

ここでいうお米はきれいに精製された白米ではなく、玄米や分つき米や、胚芽が十分残るぐらいに浅く精米した白米のことを指したい。

いずれにせよ、毎日いっぱいお米を食べながら、お米で太ることはなく、お米から多大なエネルギーや幸せや食べる喜びを頂いて日々を生きている私には、糖質制限(ダイエット)という響きに違和感を覚えることは否めない。

もうひとつ体験話がある。

ケーキ職人は皆スマートだった!

ショートケーキ
ショートケーキ

以前、当農園の無農薬米粉の営業で京都や亀岡のケーキ屋さんを十数軒まわったことがあった。そこで出会ったパティシエ(ケーキ職人)の方々は皆、スリムな人ばかりだった。少なくとも太った人はひとりもいなかった。それは印象的だった。パティシエ・・・日常的に仕事として甘い物を食べている人というイメージ・・・「うん?」「甘いものでは太らない?」

それ以来、私は「甘い食べ物で太る」というのは迷信みたいなものかもしれないと思うようになった。そう「甘い物を食べても太らない」と。

こうして、お米をいっぱい食べても太らないこと、パティシエは皆スリムだったこと、以上2つの自身の体験などもあって、“糖質制限ダイエット”という言葉を聞いた時に、反射的に違和感を抱いたのだ。

そこで、ある日、ふと、

糖質制限について調べてみた

なるほどである、驚きである、賛否両論ある、それもたくさん、また糖質制限の賛否に関連する話は実に興味深いのである。それは栄養学や、人の体の複雑な仕組みや、更には人類の長い歴史につながっている、人類誕生から今までの切っても切れない人と食の濃密な関係、それはある種壮大な物語(ロマン)であった。
(※当記事では、糖質制限ダイエットのみならず、糖質制限に絡む、食へと話が膨らみます。)

本

糖質制限とは

その名の通り糖質を制限することである。糖質は炭水化物に含まれるので、炭水化物の摂取量を制限することになる。ちなみに炭水化物は糖質と食物繊維で出来ているので、炭水化物イコール糖質というわけではない。炭水化物(糖質)を多く含む食品としては、主食となる穀類(米、小麦=パン・パスタ・そうめん・うどんなど)が代表的であるが、他にも野菜(サツマイモ・カボチャ・トウモロコシ・あずきなど)、果物、練り製品、アルコール類(ビール・日本酒など)、調味料(ソース・蜂蜜・砂糖など)など日常口にしている多くの食品に炭水化物が含まれている。

パスタ(カルボナーラ)
パスタ(カルボナーラ)

糖質制限食は糖尿病治療のために考案された

糖質制限は、もともと糖尿病患者の食後の血糖値を抑える目的で、治療のために考案されたものである。理屈は明快である。人体の生理学的メカニズムとして血糖値を上げるのは糖質のみだからである。それをダイエットに応用した。

糖尿病とは?
インスリンの分泌量減少やインスリンが効きにくくなること(インスリン抵抗性)によって、全身の細胞組織に血液中のブドウ糖が取り込まれなくなることにより、血糖値が高い状態で続く病気である。血液中のブドウ糖が血管を傷め、様々な合併症を誘発する。生活様式(食など)の欧米化、食べ過ぎ、肥満(※)、過度の飲酒、運動不足、あるいは強いストレスなど=高血糖状態になりやすい生活習慣が糖尿病を誘発する要因になっていると考えられている。(※内臓脂肪等が増えるとインスリンの効き目が弱くなると言われている)

色々と調べてみたが、米農家だからというわけでは決してなく、後述するいくつかの理由により糖質制限には与(くみ)しない。正確に言うなら、「主食制限には」、である。

ご飯
ご飯

しかし、それ(糖質制限に与しない)は健康人つまり非糖尿病患者の場合であって、糖尿病患者に至っては命に関わる切迫した問題であり、この限りではない。また治療理論と実践例に裏打ちされた糖質制限食を選択し実践しておられる方々の懸命の努力を心より支持したい。

糖尿病治療のための糖質制限食に、素人が口を差し挟む余地はない。それは患者の命がけの選択である。

よって当記事における糖質制限に対する考察は、健康人(非糖尿病患者)に限定していることをあらかじめご承知いただきたい。

そして、食の選択は個々人の自由である、と思っている。

さて、「糖質制限」を知るためには、まずは“インスリン”という膵臓から分泌されるホルモンについて知る必要があった。そこには、素晴らしい「体の妙」があった。

インスリンとは何か?

インスリン、この言葉から連想されるイメージは、血糖値が高い、血糖値を下げる、糖尿病、インスリン注射、膵臓云々、などではないだろうか?しかし調べてみると実に興味深い。既にご存じの方もおられると思うが、少なくとも私にとってはこれまで抱いていたイメージが偏ったものであったことを知る。それは例えば、糖質制限ダイエット(または糖尿病)という切り口から見るのと見ないのとでは、つまり表からと、裏からとでは、同じインスリンであっても、受ける印象がまるで違うということである。

マッシュルーム(表と裏)
マッシュルーム(表と裏)

インスリンの働き

食後に血糖値が上昇すると、膵臓のある細胞(β細胞)がすばやく感知し、そのレベルに応じた「インスリン」が膵臓から分泌される。ちなみにインスリンは常に分泌されている。インスリンには、主に血液中のブドウ糖を全身の細胞組織に取り込ませることによって血糖値を下げる、という働きがある。

インスリンの主な働き

  • 全身の細胞にブドウ糖が取り込まれるようにする
  • ブドウ糖を多糖類のグリコーゲンに変えて肝臓や筋肉に貯蔵する
  • 更に蓄積されずに余剰となったブドウ糖を脂肪に変えて脂肪細胞に取り込む
  • 肝臓での糖新生(ブドウ糖の合成)を抑制する
  • 結果、血糖値が下がる。
インスリンの働き
インスリンの働き

インスリンの働きは多彩である。

ちなみに糖尿病では、インスリンの作用が衰えているので、上記の働きは期待できないため、糖質の摂取により、高血糖状態が続くことになる。治療における糖質制限食の意味はここにある。

ダイエットという観点からインスリンの働きを見る

健康人はインスリンの作用が期待できる。もし健康な人間が、糖質を過剰に摂取し血液内のブドウ糖が余剰になれば、インスリンの働きにより、余剰のブドウ糖は脂肪細胞に貯蔵される。つまりインスリンは血糖に応じた量が分泌されるので、糖質を制限すれば脂肪が余剰に蓄積されることはない、ずばり糖質制限ダイエットのメカニズムのひとつである(もうひとつ、糖質制限の肝と言える別のメカニズムがある。それについては別の項で後述する)。

ネット上や書籍では、糖質制限の賛否両論の元になる、ダイエットや健康や病気などに関する相反する2つのデータ(エビデンス)が多数存在している。一体どちらが正しいのだろうか?一見するとどちらも正しくもっともらしく見える。しかし実際には論文を取り寄せ詳細に検討してみないことには、どれほど一般化できるものなのかの判断はできない、いや、そもそも私のような生理学の素人には論文(特に英語論文)の正確性やデータの一般化の判断はできかねるのかもしれない。
色々な書籍
色々な書籍
では人は一体何を信じるのか?自身の直感か?研究者や知識人や専門家の判断に委ねればいいのか?では一体その誰かをどのようにして選べばいいのだろうか?人はどうしても分かりやすく説得力のある説明に心がなびく、それでも結局は最後は自分の判断だ、直感が大切だと思う、現代は情報の坩堝(るつぼ)、人は多すぎる情報に流されている、あっち行ったりこっち言ったり、もちろん影響を受けやすい私もその一人だが、影響された自分の直感を信じよう。

話を戻そう。

果たして前述の「インスリンの働きにより、余剰のブドウ糖が脂肪細胞に貯蔵され、ひいては、それが肥満に結びつく」ようなケースは一体どれほどあるのだろうか?

どこに行く?
どこに行く?

例えば、ご飯(お米)、パン、そば、野菜、ケーキ、お菓子、清涼飲料、砂糖、それらはすべて同じ糖質として見なしていいのか?それらはどれも同じように糖質として体に作用するのか?それぞれに異なった特性を示す可能性はないだろうか?ほのかに感じる甘さと脳天に響くような甘さでは体内ホルモンなどの反応は異なるのではないか?糖質制限という言葉は同じでも、炭水化物(糖質)の種類により、その意味合いは大きく変わるのではないだろうか?(GI値:詳細後述)

つまり、「インスリンの働きにより、余剰のブドウ糖が脂肪細胞に貯蔵され、ひいては、それが肥満に結びつく」かどうかは、炭水化物(糖質)の種類が大きく関係しているのではないか?ということである。

炭水化物の種類
炭水化物の種類

本当にお米で太るのか?

実は私の場合、農繁期に限らず、農作業があまりない農閑期(冬)でも、お米は結構食べる、冬は頭を使わなければならないデスクワークを朝から晩までやっていることもあるので脳でエネルギーを消費しているのか?(確かに家にいてもお腹は減るし・・・)

いや、私が言いたいことは・・・つまり私の疑問は、本当にお米で太るのか?ということなのだ。これは私の経験からの極めて素朴な疑問なのだ。

少なくとも前述したような玄米や分つき米を腹八分目に食べているぐらいなら、まず太らないだろう?ということなのだが・・・

お米
お米

現代の風潮では愚問だろうか?それは勘違いではないのか?もし白米で太ったなら、それはきれいに透き通るほどに精製された白米のほうが玄米や分つき米より太りやすいからではないだろうか?

それほど、自分の体験からくる感覚としては、お米で太るという感覚(実感)がまるでないのだ。これはあくまで自身の体験に基づく個人的な感覚である。

だから、お茶碗に盛ったご飯をお箸で口の中に運びながら「これ以上食べると太るかもしれない」とは全く考えないし、いつも満足いくまで食べる、もし腹八分目を心がけるなら、それはまた別の意味である。私は(特に自分に対してだが)糖質制限派ならぬ炭水化物<お米>推奨派なのだ。ダイエットをするなら、後述する“お米ダイエット”が断然おすすめだ。

自然農法無農薬の稲
自然農法無農薬の稲
お米推奨
お米推奨
余談になるが、稲刈りや田植え(また遊びなど)でとても集中している時は、おにぎり2個とわずかなお茶だけで朝から夜まで精を出すこともある。腹が減っても、いや空腹のほうが集中力は途切れない時もある(また前日食べ過ぎた時などは朝ご飯を抜く)。1日くらいあまり食べない日があっても全然大丈夫だが、長い目で見れば、特に酷暑における連日の畦草刈りが続く時は、十分にお米を食べないことには到底体が持たないだろう。
インスリンに話しを戻そう。

インスリンの本来の役割~角度を変えて見る~

インスリンの働きを少し角度を変えて見てみる。

ご飯を食べると炭水化物は消化・分解され多くがブドウ糖となり小腸から吸収され血流に乗る。これが血液中のブドウ糖濃度が高まった状態、いわゆる血糖値が上昇している状態である。

つまり血糖値の上昇というのは、体に備わっている自然の働きの結果、生じている現象である。

前述したように、インスリンは吸収された血液中のブドウ糖を、生体にとって欠かすことのできない重要なエネルギー源として、全身の細胞に送り届ける役目を担っている。つまりインスリンの役割は血液内のブドウ糖が滞りなく全身に行き渡るように常にコントロールするところにある。こうして血液内のブドウ濃度はインスリンにより一定の範囲内で調節されている。

自然
自然

今述べたことは、体のメカニズムに詳しい人にとっては常識かもしれないが、私には目からウロコであった。「血糖値を下げる」という観点からは気づきにくいが、「エネルギー源を全身に送り届ける」という観点からみれば、インスリンがまるで違って見えたのだ。

つまり、インスリンは血糖値を下げるために存在しているホルモンではなく、生体に欠かすことのできない栄養(エネルギー源)を全身に送り届けるために存在するホルモンであって、血糖値が下がるのはあくまで結果に過ぎない。(私にはインスリンの働きがこのようにクローズアップされた。)

私達は、血糖値の上昇を過度に恐れているのではないか!?

血糖値の上昇は自然の働き

血糖値の上昇とそれに伴うインスリンの働きは、生体を健康に維持していくために、人の体に備わっている自然の仕組みである。

血糖値の上昇の否定は、自然の仕組みの否定であると言えなくはないだろうか。

自然
自然

例えば風邪は人を健康に導く、と言えば、いったいどれくらいの人が肯定し、どれくらいの人が否定するだろうか?風邪は自然の浄化作用である、体内に溜まった毒を熱や鼻水や咳で排出してくれているのではないか。

食後の血糖値の上昇は、健康な人間にとっては、生体に必要不可欠なエネルギー源が準備されたことを意味している。この意味において血糖値の上昇は極めて正常な体の状態を示しているが、ともすれば正常な血糖値の上昇さえ、ことさら悪く捉える風潮がある。

私達は常に何らかの社会通念および情報アナウンスに大きな影響を受けている。

ここで血糖値の上昇が問題になるのは、糖尿病患者、および高血糖を導きやすい生活習慣が高度に営まれている場合であって、健康人ではない。これは生理学の素人の見解だろうか?

血糖値の上昇がすべて危険であるかのような過剰なアナウンスがなされていないだろうか?

スカイツリー
スカイツリー

それは腹八分目と適度な運動(収支改善)で十分回避できる場合が多いのではないか。生理学的に血糖(血液中のブドウ糖)が血管に深刻なダメージを与えるのはあくまで過度()の場合である。それは例えば精製され過ぎた白砂糖のような糖質を習慣的に多量に摂取しているような場合を指すのではないだろうか?(過度をどう捉えるかは自身の体調などと相談する必要があると考える。)

一昔前の人はお米をいっぱい食べていた

そもそも血糖値が上昇しなければエネルギー源は全身の細胞には行き届かないのだ。一昔前の人はお米(糖質)を毎日いっぱい食べていたが(総エネルギー摂取量の70~80%が炭水化物:下記グラフ参照)、糖尿病などの生活習慣病や肥満は明らかに少なかった。現在、お米(糖質)の食べる量は半分以下にまで激減したが、糖尿病等の生活習慣病は大きく増加した。なぜだろう?ここに何らかのヒントがあるのだろうか?

※米の1人当たりの年間消費量は、昭和37年度をピークに一貫して減少傾向にある。具体的には、昭和37年度には 118㎏の米を消費していたのが、平成28年度には、その半分程度の54㎏にまで減少している。(米をめぐる関係資料 平成29年11月農林水産省)

自然から遠くかけ離れてしまった食

それでも血糖値の上昇は問題であるというならば、それは人の体に備わっている自然の仕組みを、自分そのものを否定しているに等しい、と言えば、それは言い過ぎだろうか?

いや、「それは言い過ぎである」と言うならば、同レベルにおいて、血糖値の上昇を気にしている世の中の風潮がある。

それは、裏を返せば、それだけ我々の生活が、とりわけ食が、自然から遠くかけ離れてしまっていることの表れではないだろうか?

我々の食は自然から遠くかけ離れてしまったのだ。血糖値が不自然に上昇しやすい食品、農薬、化学肥料、遺伝子組み換え、食品添加物・・・数え上げれば切りが無いほどに。ひょっとすれば健康人による糖質制限も、高血糖への過度な恐れも、食に対する危機感または不信感の表れではないだろうか?自然食へのこだわりも同義であるのかもしれない。

伝統料理
伝統料理

食は人生に彩りを添える

いずれにせよ、健康人における糖質制限は、その程度に差はあっても、食という営みの楽しさを何らかの形で奪うのではないだろうか。

昔から言われているように、「腹八分目」を心がけていれば・・・・・・何も糖質制限なんて・・・

「いや、あなたは糖質制限の素晴らしさを知らないのだ」

そう、私は知らない。

私はお米が好きだから、自分が育てたお米が好きだから、お米はおかずをより美味しくしてくれるし、食事が美味しいと笑顔になるし、会話がはずむし、食を囲んでみんな楽しそうだし・・・

レストラン
レストラン

食は色々な意味で人生に彩りを添える。

しかし、糖質制限にせよ、ベジタリアンにせよ、マクロビオティックにせよ、自然派志向にせよ、超少食にせよ、何の制約もないにせよ、食は個々人の大いなる自由のものだ、時に思い入れも大切だし、好きなものを食べたいし、嫌いなものは食べたくないし、食べたいものを己の自由と己の責任と己の哲学のもとに食べるのだ。

糖質制限ダイエットの肝
~そのシリアスさ、未知なる領域への挑戦と覚悟について~

糖質制限ダイエットの肝は、摂取した糖質由来のエネルギー源(ブドウ糖=グルコース)の絶対的な不足にある。つまり、体を動かす上で欠かすことのできないエネルギー源を糖質から確保できないため、体内ではエネルギー代謝に変化が起きる。

water
water

まず、糖質が口から摂取されず血糖が少なくなりかけると(いわゆる「お腹が減った状態」)、ホルモン(グルカゴン)の働きにより肝臓ではグリコーゲンが分解されてグルコースが補給される。しかしこの肝グリコーゲンは半日程度で枯渇する。そのため“糖新生”というシステムにより、筋肉等の体タンパクを分解して得られる糖原性アミノ酸や、中性脂肪が分解してできるグリセロールや、乳酸などからグルコースが新生される。

これはいわゆる飢餓(絶食)状態の初期段階である。しかしこの飢餓状態が長期に及ぶ場合は、筋肉(体タンパク)の分解(損失)を最小限に抑えないことには生命の存続に関わってくるため、「脂肪」がエネルギー源として利用されるようになる。

つまり、中性脂肪が脂肪酸(これもエネルギー源のひとつ)に分解され、さらに肝臓で脂肪酸がケトン体に変換され、ケトン体が主なエネルギー源として利用されるようになる。

ちなみに脳細胞はブドウ糖を主たるエネルギー源として通常は利用しているが、ブドウ糖が不足するとケトン体を主に利用できることが分かっている。ケトン体を利用できない肝臓と赤血球は糖新生で作られるブドウ糖をエネルギーにしている。

糖質制限によって起こる体の変化は、ざっとおおまかに以上のような感じである。

bottle flowers
bottle flowers

つまり、糖質制限(ダイエット)の肝は、生体のエネルギー代謝システムを糖質代謝(解糖系)からケトン代謝に変換させることにある。これは飢餓状態に類似しているが、飢餓状態に陥った人体が取る防御システム(エネルギー産生システム)を利用しているとも考えられるようだ。もちろん糖質制限ダイエットでは、3大栄養素のひとつの炭水化物(糖質)を制限する代わりに脂質とタンパク質を十分に取る必要がある。

ケトン体エネルギーの利用システムをどのように捉えればいいのだろうか?

それにしてもケトン体?体のメカニズムの複雑さよ。食の奥深さよ。

私は、糖質制限について、緩やかな糖質制限はともかく、スーパー糖質制限は、シリアスな世界であり、未知なる領域への挑戦であると、自分なりに調べてみて、そう思った。

糖質制限に与する与しないはともかくとして、糖質制限が正しいか正しくないかの判断はできない。それは先に述べた通り、初期人類ならいざ知らず、少なからずインスリンという多彩なホルモンに頼ってエネルギー源(糖質)を確保している現代人にとっては、ケトン体を利用するエネルギー代謝システムへの完全な乗り換えは未知なる領域への挑戦であるからだ、そう思う。

糖質制限を推奨している夏井睦氏は著書(炭水化物が人類を滅ぼす[最終解答編])の中で次のように述べている。

われわれの前頭連合野はさまざまなデータを統合して、「穀物を主体とする食生活はもう続けられない」という結論を導き出した。それはまさに、過去の経験が役に立たない事態であり、1万年間歩き慣れた道はもう未来に通じていないことを指し示している。(中略)
こんな状況を打ち破ることができるのは、新奇なモノを好み、新しいことにチャレンジするのが好きなDRD4-7Rを持つ冒険野郎だけだ。1万年前の冒険者が新しい道を見つけて歩き出したように、今度は1万年後の冒険者たちが道なき荒野に足を踏み入れ、新しい道を見つける番だ。
そしてそれこそが、人類史における冒険家遺伝子DRD4-7Rを持つ者の役割であり、使命なのだ。
(「炭水化物が人類を滅ぼす[最終解答編]植物vs.ヒトの全人類史」光文社新書2017:エピローグp292~293より引用)

当書を読んで、氏の想像力の逞しさに驚かされた。氏の説(主張)には共感できないところがあったが、知的好奇心がくすぐられる、おもしろい本だった。

人類の歴史~人は何を食べてきたのか?~

人は何を食べてきたのか?

700万年前、アフリカに初期人類が誕生してから1万年前に農耕が始まるまでの長い間、人類は狩猟採集生活を営んでいた。狩猟採集生活は、肉食中心だったのだろうか?糖質を摂取する機会は稀だったのか?いわゆる高タンパク・高脂質・低糖質の食だったのだろうか?

糖質制限について調べると、必ずと言っていいほど、初期人類の食または狩猟採集時代の食に行き当たる。つまり、農耕が開始される以前の収量採集生活では糖質の摂取は極めて少なかったため人類は糖質摂取には本来適応していない、という糖質制限派の主張による

縄文人の食

fire
fire

ちなみに縄文人(およそ1万6500年前~2300年前)の食は、一般的なイメージとは異なり、決して肉食中心ではなかったようだ。採集による植物質の食の割合が高く、炭水化物をたくさん食べていたと考えられている。クリ、クルミ、ドングリ類、トチの実などの堅果類、ヒョウタン、ゴボウ、マメなどの栽培植物など、様々な種類の植物が、縄文時代の遺跡から発見されている。イモ類、山菜なども食べていたらしい。その種類は実に多彩だ。さらに驚くべきことに、クリ等の栽培を行い、1500年間に渡り定住生活が営まれていたことも判明している(三内丸山遺跡)。

当時の食料として次に重要だったと考えられているのが、漁撈による魚や貝類である。狩猟のイメージが強い縄文人であるが、狩猟は主に冬に行われ、鹿やイノシシを筆頭に他色々な動物を狩りの対象にしていたことがわかっている。しかし鹿やイノシシなどは早々簡単に獲れるものではなかったらしい。

古代人の暮らし
古代人の暮らし

縄文時代の食は、植物採集、漁撈、狩猟により、かなりバラエティに富んでいたようだが、地域色が色濃く、また時代によっても異なり、決して統一されたものではないようだ。

賛否および諸説あるとは思われるが、いずれにせよ、昔学校の授業で習った縄文人の生活様式に対する認識は大きく覆りそうだ。

縄文人は、私達が想像しているほどに狩猟による肉食に頼っていたわけではないのかもしれない。むしろ頼っていなかったと言っていいだろう。初期人類の食、狩猟採集時代の食、縄文人の食・・・遠い太古の記憶・・・

果たして、現代の食を考える上において、その根拠を大昔に求める必要性は一体どれほどあるのだろうか?

いずれにせよ、農耕が開始された(すなわち穀物が主食になる)この1万年間は重要な意味を持つだろう。

現代の私達の体の仕組みや構造が、そのことを如実に物語っている。

そうした意味合いにおいても、前述の縄文人は現在の日本人ととてもつながりが深いと言えるのではないだろうか?

縄文人だぜ!

歯の本数と食の関係

少なくとも人類は、農耕の発展と共にインスリンを始めとする糖質由来のエネルギー代謝システムをここまで進化させてきた。その意味において、穀物を摂取することに抵抗などあろうはずがなく、美味しいに決まっている、人の喜びにつながる、つまり、美しい味と書く「美味しい」は、人類がその進化を受け止め肯定している証であると私個人は解釈する。歴史や生理学やデータ云々ではなく、素直に「美味しい」を享受したい。

ところで、私は自然農法の研究現場で10年以上働いてきた関係で色々なセミナーに参加した。農と医療は関係が深く、医学的見地からの食についての話を聞く機会が何度かあった。そこで一度ならず聞かされたのが、歯の本数と食の関係である。

リス
リス

既にご存じの方も多いかもしれないが、人の歯は、親知らずを含めると臼歯が20本、門歯が8本、犬歯が4本、の構造になっている。臼歯は穀物用、穀物類を噛み砕いたり、すり潰したりするのに適している、門歯は野菜や果物を噛み砕くのに、犬歯は肉を噛み切るのに適している。比率にすると、臼歯(穀物):門歯(野菜):犬歯(肉)=5:2:1。つまり、この歯の比率(穀物の割合62.5%)が人の理想の食事のあり方を示しているというわけだ。

ちなみにライオンやトラなどの肉食動物はすべての歯が鋭く尖っているし、馬や牛などの草食動物は臼歯が平らになっている。

また人は他の動物に比べて、唾液のアミラーゼ(デンプン分解酵素)活性がとても高く、穀物食が適していることを示している。ちなみに肉食動物のライオンやトラはアミラーゼを分泌しない。

ライオン
ライオン

以上、糖質制限に与(くみ)しない主な理由述べてきた。

ここから先は、糖質(穀物)制限に与しない訳(意味)を美味しいという感性の中に見出していきたい。

美味しく食べる

GI値(血糖上昇指数)

GI値をご存じだろうか?グリセミック・インデックス(Glycemic Index)の略で、各食品に与えられる「食後血糖値の上昇率の指標」のことである。私は、今回、糖質制限を調べていて初めて知った。

つまり、GI値が高い食品は食後血糖値が上昇しやすく、GI値が低い食品は食後血糖値の上昇が緩やかである、ということである。

例えば、白米と玄米を比べてみると、明らかに白米はGI値が高く、玄米は低い。精製度が高い炭水化物はGI値が高く、未精製の炭水化物である「全粒穀物」などはGI値が低い傾向が見出せるようだ。つまり、玄米などの「全粒穀物」は食後血糖値の上昇が緩やかであるということだ。

穀類
穀類

また食後高血糖を抑える食べ方(GI値を低く抑える方法)というのも色々と紹介されている。

  • まず前述したように、できるだけ精製していない全粒穀物を食べる。お米で例えるなら、精白米より玄米や分つき米のほうが食後血糖値の上昇を抑える。
  • つまり精製過程で削り取られるお米の外側(米ぬか)には、リン・カリウム・マグネシウム・カルシウム・鉄などのミネラル、ビタミンB1、ビタミンB2、タンパク質、γ(ガンマ)-オリザノール()、フィチン酸、脂質、食物繊維など多くの栄養分が含まれている玄米栄養の約8割が米ぬかに含まれる
  • 食物繊維と炭水化物を組み合わせることで食後高血糖を抑えることが知られている。糖分と食物繊維が絡み合うことで糖分の消化吸収のスピードが遅くなるというわけだ。(γ-オリザノール:インスリンの分泌を促し、血糖値を下げる効果があることが、琉球大学などの研究チームによって明らかにされている。)
  • また食物繊維を多く含む野菜などの食品を先に食べたり、いっしょに食べたりすることでも食後の血糖値の上昇を抑える効果がある。お酢・タンパク質・脂肪などいっしょに食べることでも効果が認められる。
サラダ
サラダ

また最近では、GL値(グリセミック・ロード)といって、GI値を発展させた、実際の食事の際により目安になりやすい指標が考え出されている。

私は、こういった食品の数値化について、大いに参考になると考える反面、実際の食品すべてを化学的に分析し数値化するような風潮に、少なからず、違和感を覚える。つまり、食を選ぶ基準が、自分の「食べたい」ではなく、数値や概念に大きく左右されてしまうのではないかと懸念されるからだ。糖質制限も「概念」の範疇に入ると思われる。

「美味しい」の訳

GI値等の化学的分析データ等を見てみると、誰しもが当たり前に食事(または料理)を通して実践していることが、結果的に血糖値を低く抑えていることが分かる

ご飯だけを食べるより、おかずだけを食べるより、まずおかずを口に入れて、すかさずご飯を口にいれていっしょに合せて食べたほうが、相乗効果で断然に食事が美味しくなる。それは前述したように結果的に血糖値の急激な上昇を抑えている。これはどこでもごく普通に観察される日常の食事風景だ。血糖値の抑制は、「美味しい」を求めた結果、自然に達成される。

夏 庭
夏 庭

お米も、本当に美味しいお米は、きれいに精白された白米より、分つき米や胚芽が残るほど浅く精米した白米のほうが美味しい。

お米は外側から果皮、種皮、糊粉層(アリューロン層)、亜糊粉層(サブアリューロン層)に被われ、内部はデンプン貯蔵組織になっている。亜糊粉層以下は白米である。堀野氏は著書の中で、白米表層部に旨味成分(ショ糖やグルタミン酸)がたくさん含まれていること、さらに、お米の味を良くするミネラルであるマグネシウムは米の登熟が進むにつれてアリューロン層、サブアリューロン層、つまりお米の表層部に集積することを示した。経験的事実として、白米表層部を包むアリューロン層(分つき米で残される米ぬか部分)にも同等以上の旨味成分が含まれていると私は考えている。
(参考文献:堀野俊郎著「おいしいお米の栽培指針」(農文教1998))

棚田
棚田

おそらく、塩やしょう油や酢やお酒や味噌などの調味料、七味や胡椒やわさびや辛子などの香辛料、昆布だしや鰹だし、ゆず・すだち・レモンなどの柑橘類、大根おろし、シソや三つ葉や山椒の葉、刻みネギ、ショウガなどなど・・・数え上げれば切りがないほどに、食材の旨みを引き出し、引き立て、食を美味しくする工夫が料理にはある。

「美味しい」ということは、結果的に体にいいことなのだ。

つまり、数値や概念よりも、自分の感性に従って「美味しさ」のほうを大切にすればいい、とそう感じている。(「美味しさ」の化学的分析的評価は調べたことがないのでよく分からないが、化学的な裏付けなどはそもそもいらないだろう。)

スパイス
スパイス
レモン ジンジャー ハーブ
レモン ジンジャー ハーブ

「美味しい」に身を委ねる

食後の余韻

私は、概ね自分の感性を信じる(時に大いに揺らぐ時もあるが・・・)。食べるということに関しては、自分の体のセンサーに信頼を寄せる。それは「美味しい」である。その「美味しい」という自分の感性を信じている。それは、味覚に優れているというわけでは決してなく、自分の体が自分の体に合わないものを「美味しい」とは判断しないだろう、ということを信じているのだ。

人はその食べ物の見た目や匂いや口に含んで噛み砕き飲み込むのど越しの感触などにより総合的に、むしろ直感的に「美味しい」と感じている。しかし実はその一瞬だけでは体のセンサーが惑わされることがある、と私は感じている。

そこで自分の体に合った食品を見極める“コツ”がある。それは、後味の良さであり食後の余韻である。食事が終わり、手を合わせ、心の底から「ああ美味しかった」という言葉が出てくるかどうか、その後心地いい余韻が続くかどうかである。この“余韻”について、少し意味合いが異なるが、先にも紹介した、当時の農林水産省中国農業試験場の堀野俊郎氏が同書の中で次のように述べている。

米穀業界や米炊飯業界には、ご飯の味を味覚で検査している専門家がいる。ワインの味に詳しいソムリエに対比して、「ライスソムリエ」とでも言えば仕事の内容がわかりやすいのではないかと思う。その専門家の一人によれば、「この余韻のあるなし」で米は一流か三流かが決まるという。<「おいしいお米の栽培指針」(農文教1998)より引用>

“「この余韻のあるなし」で米は一流か三流かが決まる”という、つまり三流のお米からはこの“余韻”を知ることはできないし、この“余韻”を知るためには、一流のお米を知る必要がある、ということになる。食を口に含んだ時の「美味しさ」にせよ、食後の「余韻」にせよ、本物の味を知れば、それが自分の基準になる。

“自分なりの感性”は、本物の食の味を通して、磨かれていく。

本物の食とは何か?
~料理は愛情、栽培も愛情~

ハチドリ
ハチドリ

では本物の食とは何か?

あえて自分の見方を述べるなら、それは無農薬、無化学肥料、無除草剤で育てられたお米や野菜を使い、美味しくなるための様々な工夫を凝らされた家庭料理(もしくは心ある料理人によって作られた料理)などである。

“料理は愛情!”料理研究家・結城貢氏の言葉である。

食べる人の笑顔や喜ぶ姿を想像しながら、料理の勉強をしながら、一工夫をこらし、心を込めて作られた料理がある。

食材も同じく、食べる人のことを思いやりながら、日々移り変わる天気と相談しながら、栽培の工夫をしながら、無農薬、無化学肥料、無除草剤で育てられたお米や野菜がある。

料理の工夫は、相手を思いやる愛情から生まれる。

栽培の工夫も、そう、無農薬もまた、愛情から生まれる。

“栽培も愛情”なのだ。

人は「美味しさ」になびく、「美しさ」に魅せられる

ガーベラ 花 水
ガーベラ 花 水

GI値など様々な化学分析的データは参考になるし、食を選ぶひとつの目安を与えてくれるし、それにより、なお安心して食べることができる。しかし、いくら化学的に健康にいいことが実証されていたとしても、美味しく感じなければ、長続きはしないだろうし、食べること自体が苦行になりかねない。私がはじめに「ここでいうお米は、玄米・分つき米・浅く精米した白米を指す」という断りを入れたのは、それを美味しいと感じ、実際に食べているからだ。決してGI値の低さや健康にいいからという理由ではない(そもそもGI値は知らなかったが)。

いくら玄米食が体に素晴らしく良いと言われても、その人が玄米を美味しく感じなければ、その玄米はその人を良くすることはない、と思っている。<神様は(私はどこの宗教にも属していないが、神や大自然の摂理を信じる)人に「美味しい」を授けてくれたと思っている。美味しいは美しい味と書く。味が美しいとは実に興味深い。>

花 水
花 水

昔、農の仕事の関係で東北に住んでいた頃、2種類のリンゴを別々の方から貰ったことがあった。ひとつは無農薬のリンゴ(ちなみに、かの木村秋則さんのリンゴではない)、ひとつは、慣行農法のリンゴ。実はこの農薬のかかった慣行農法のリンゴがとても美味しかった。無農薬のリンゴは、あまり美味しくなかったのだ。私はこの時思った。人は美味しさになびく、と。そう、人は美しさに魅せられる生き物なのだ。
補足:これまでの経験から、誤解が生じないよう付け足すなら、無農薬・無化学肥料の農作物のほうが、総じて食感や匂いや味などで総合的に美味しい。時々先に述べたような例外がある。同じく慣行栽培の農作物でも極めて美味しいものもある。また無農薬・無化学肥料の農作物のほうが、調理の時、火が通りやすいという共通した特徴がある。)

夏は白米、冬は玄米

夏の田んぼ(自然農法無農薬栽培)
夏の田んぼ(自然農法無農薬栽培)

私は、夏は白米(または分つき米)を食べる。玄米は主に冬に食べる。体がそれを求めるからだ。体の声に従う。春になり、畦草刈りが始まり、農作業に本格的に精を出すようになると、だんだん玄米から遠ざかる。そして夏は白米を欲する。そして寒くなってくると、また玄米が食べたくなってくる。私の家族は皆、白米派ということもあって、私は玄米(分つき米)と白米を茶碗に半分づつ盛って食べることが多い。(何度か紹介しているが)これを私は2色ご飯と呼んでいる。これはとても美味しいおすすめの食べ方だ。玄米の良さと白米の良さが融合して、実に美味しい。

2色ご飯(玄米と白米)
2色ご飯(玄米と白米)

2色ご飯(玄米と白米)

家庭用精米機をおすすめ!!
上記の2色ご飯、または玄米や分つき米や白米を、気分や体調に合わせて色々と食べてみたい方、または夏に白米(分つき米)を食べられる方は、家庭用精米機を1台持たれることをぜひおすすめしたい。今は色々な優れた家庭用精米機が売られている。お米は生ものである。精米後、日が経つほどに、食味品質は劣化していく。炊飯する直前に精米したほうが新鮮で断然美味しい。

おわりに~お米ダイエット~

ダイエット
ダイエット

~食べたいものを、好きなものを、食べたい量を、腹八分目で、楽しんで、喜んで、食べればいい。

好きな誰かといっしょに、思う存分話ながら、聞きながら、時にはご飯粒をとばすほど思い切り笑いながら、食べればいい。

ワクワクしながら、自由に、感性の赴くままに、食べればいい。~

そう、「好きなものを食べればいい」、そう思っている。

糖質制限もまた、ダイエットのためにせよ、健康のためにせよ、何かのためにせよ、その人の自由であり、その人の感性が求めるものなのかもしれない。

自然
自然

しかし、スーパー糖質制限は、先述したように、とてもシリアスであり、現代人の誰も知らない未知の領域への挑戦である。長いその先の結果は誰にも分からない。

ならば「緩やかな糖質制限ならOKだろう?」そんな声があがるかもしれない。
いや、“緩やかな糖質制限”ならば“腹八分目”と大差はないのではないだろうか。再三述べてきたように、「お米では太らない」、まして「お米を腹八分目に食べていればまず太らない」、経験的にはそう思う。

一応、私はお米を毎日何の制限もなく好きなだけ食べてもまるで太らない(お米で太りそうな感覚がない)ので、あくまで参考までに、もしダイエットをやるなら以下のような“お米ダイエット”を提案したい。

  • お米を十分食べるきれいに精製された白米ではなく胚芽が十分残るぐらいに浅く精米した白米がおすすめ、好みにあえば、分つき米や玄米がおすすめ)
  • 野菜を十分食べる。
  • 和食が中心。でも我慢しないで和洋中なんでも好きなものを、食べたいものを食べる。つまりあくまで“体の声に従う”が、“和食志向”“健康志向”を心がける。
  • 腹八分目(基本中の基本。でも実は、私はこれがなかなかできない。それでひとつ策がある↓)
  • 食べ過ぎたと感じてお腹がはる時は、食後に運動をする。(これは結構昔からの習慣で若い時は外食先から走って帰ったこともある。今は散歩をする。)
  • 日頃から体を動かす習慣をつける。ストレッチもおすすめ。
  • 時々朝食を抜く(前の晩に食べ過ぎた日などに。胃腸を休め、空腹を楽しむ。)
  • 一般的に言われているほど甘いもので太るのかどうかは私には分からない。ただ味覚という点において、甘いものは味覚を狂わせるように思う。お米や野菜など自然本来の甘みは微妙であり、それを感じるほうが、食が正されて、ダイエット的観点からもいいような気がするので、甘いものは時々にするほうが良いような気がする(これは糖質制限)。そういう意味ではお菓子や加工食品なども、自然の味からは遠いと思われる。
  • 以上、お米ダイエットのキーワードとしては、まずは、お米、野菜、腹八分目、和食、運動で十分ではないだろうか?

ぜひとも、お米をいっぱい食べて欲しい、と思う。

一昔前の人は今よりもっといっぱいお米を食べて、もっと元気で、もっと体力もあって生活習慣病も肥満も少なかったのだから。

人の体は長い歴史の中で様々な状況に応じて進化し生き延び、炭水化物(穀物)の摂取に適応するようになっている。

ここまでお付き合い頂きまして誠にありがとうございました。