自然の摂理に従う自然農法の栽培

自然農法無農薬の米作りは収穫直後から始まる

収穫後の様子(自然農法無農薬の田んぼ)
収穫後の様子(自然農法無農薬の田んぼ)

収穫後の様子(自然農法無農薬田)

秋の耕起を終えて(自然農法無農薬の田んぼ)
秋の耕起を終えて(自然農法無農薬の田んぼ)

秋の耕起を終えて(自然農法無農薬田)

★以下本文は拙著「自然農法の水稲栽培~栽培のイマジネーションとその立脚点~」(2009)からの引用を中心に話を進めていきます。

稲ワラはいったん風化させる~自然の摂理に従う~

恩師の言葉

●(財)自然農法国際研究開発センター(以下、自然農法センター)にいた頃(1997~2007)、恩師から耳にタコができるほど聞かされ続けた言葉があります。そのひとつが「作土全層に腐植を増やし未熟な有機物がない状態にすること」です。●つまり、土の中で稲わらをよく分解させよ、ということです。そうすることで、稲の根張りが良くなり、雑草は少なくなり、病虫害が減少し、食味も品質も向上するのです。これは長年受け継がれてきた自然農法無農薬の栽培の研究の成果であり、農家生産現場の経験から分かってきたことなのです。●ゆえに私も在籍当初から収穫後の田んぼの稲わらをどうのように土に戻していくか(土の中で分解させていくか)ということに強く興味を持っていて、自然農法センターの試験圃場や各地の農家現場で検討を重ねてきました。

無農薬の田んぼで検討を重ねる
~風化させてからすき込む~

以下本文は拙著「自然農法の水稲栽培」から引用

●すき込み時期 ~十分風化させてから~
農家現場ではいろいろな場面で、稲ワラの分解過程をチェックしてきました。中でも興味深かったのは、土中の稲ワラより、田面に露出した稲ワラの方が、明らかに風化が進み分解が進んでいる事実に何度か出くわしたことでした(写真1,2)。太陽光線を浴び、雨や風や泥にまみれ、稲ワラが風化していく様子を観察していると、自然の摂理が垣間見える気がしてきたのです。すなわち自然界では新鮮な有機物がいきなり土中にすき込まれる状況は他の生き物の介在抜きには考えられず、原則として土壌表面で風化作用を受けながらゆっくりと土に還元されていきます。片野教授の指摘も(次項参照)、仲間の農家が池のヨシが土壌に還元していく様子(湖沼生態系)からヒントを得られたものです。風化された稲ワラは自然の摂理の一端を示しています。またへの字稲作で有名な井原豊氏のこんな言葉があります。「自然界の現象はすべてへの字カーブ。クルマの走り方も、新幹線の走り方も、ゆっくりスタートして巡航、後半は惰力で急激な速度変化なく停止する。イナ作においても自然の法則に従い、初期ゆっくりスタート、中期に加速、後期は滑らかに降下するのが自然に合った生育である」(井原豊「写真集 井原豊のへの字型イネつくり」農文協1991より)
私は井原氏のこの言葉により、稲ワラ還元のイメージがより明確になりました。飛行機がゆっくり着陸していくイメージです。稲ワラは急激に土にすき込まれることなく、風化作用を受けながらゆっくりと土に戻っていくのです。農家現場で何度か稲ワラの還元方法についての話をした時、何人かの農家は「稲ワラは、生のものをいきなりすき込むより、風化させてからすき込んだほうがよく分解するよ」と当然のように話されたことがありました。

↑収穫後すぐ耕起を行い、しばらく湛水した後、落水した圃場。土中部分より表面に突き出ていた部分の方が明らかに稲ワラの分解は進んでいた(写真1,2)。(2004年10月25日、島根県安来市にて撮影)

<以上引用>

片野教授に学ぶ

片野学教授は、こうした一連の稲ワラの腐植化をいかに進めるかという命題のもと詳細な検討を加えられ、自身の著書の中でその手順に触れられています。その中からいくつかポイントなる部分を抜粋引用します。

○「まず、明らかになった点はイナワラの還元時期であった。従来、ワラは収穫直後の秋耕起時に土壌中にすき込まれていたが、この時点でのワラの色は黄緑か黄色であった。この時期では早すぎ、ヨシが水に触れる時点の色(茶~茶白色)に変色するまで、ワラを田表面に放置しておくべきではないかということに気付いていく。」
○「十月、コンバイン収穫時に五~八センチに細断、散布された生ワラがイナワラに変色していくためには(農家はワラの「味つけ」と呼ぶ)、岩手県で三〇日から四五日を要し、十一月下旬から十二月上旬の降雪直前の時期までかかる。この時期に、秋耕起、すなわち、イナワラを土中搬入することになる。」
○「田が十分乾いておらず湿った状態で秋耕起すると、翌春までにイナワラの変色、腐植が進まず、収量が低くなるとともに雑草でも苦しめられることがわかってきた。秋耕起はイナワラの変色に着眼するとともに、イナワラと田が十分に乾燥し、ロータリー耕をかけるときに土ぼこりが出るくらいのときを待ってできるだけ荒く行なうことがポイントとなることがわかってきた。」
○「棒くいのどの部分が真っ先に腐るかといえば、地際付近であることはよく知られている。また、森林原野生態系のA0層上部、腐葉層付近ではどんなに多量の雨が降っても、その直後の水分は手で握れば形くずれをせず、強く握るとじわっと水が出る程度に保たれている。地際部もA0層もいずれも水分は六〇~七〇%である。これ以上の水分含量となると、発酵ではなく腐敗となってしまう。秋耕起後に溝切りなどを励行するのは田の水分を六〇~七〇%に保持するためにも重要となる。過湿にならない状態でイナワラの変色を進めること、これがポイントとなる。」
(片野学著「自然農法の稲つくり」(農文教、1990)より)

自然農法無農薬の米づくり
~生産現場の実際、臨機応変に対応する~

●研究者から農家になってしみじみ痛感したことは、実際の現場では必ずしも教科書通りにできるわけではないということです。<これは自然農法センター時代から明確に分かっていたことですが、改めてしみじみと痛感したのです。>●専業農家ともなれば栽培面積も田んぼの数も格段に増えます。試験圃場のように1~2枚の田んぼに集中できるわけではありません。そして何より栽培を左右する大きな要素は天気です。特に専業農家の場合は、すべての田んぼの作業を終えるのには相当の日数を要します。天気の長期的な予想も必要です。●例えば秋、長雨が予想されるならば長雨の前に秋耕起を済ませたほうが栽培をトータルで考えた場合は遥かに賢明です。最悪の場合、そのまま春まで田んぼが乾かない場合もあります。田んぼの耕起は乾いた状態で行う必要があります。ワラを田面で風化させている余裕はありません。<しかし長雨が予想された時、その長雨の前にすべての田んぼの耕起を終えることができるかという問題もあります。実際、夜遅くまで真っ暗の田んぼの中で耕起を行うこともあります。>●理想にこだわるあまり栽培の全体的なバランスをくずしてはいけません。これは「稲わらを風化させる」秋処理に限ったことではなくすべての栽培過程に通じることです。実際の現場では日々田んぼと天気と相談しながら栽培全体のバランスを崩さないように臨機応変に対応していくことが求められます。

<余談>田んぼに棲息する水生ミミズの話

前掲拙著「自然農法の水稲栽培」より引用

●イトミミズの越冬と稲ワラの風化
さて、余談になるかもしれませんが、稲ワラの風化にちなんだエラミミズの話をしたいと思います。エラミミズはイトミミズの一種で、水中に生息する水生のミミズです。イトミミズは土を盛り上げて雑草を抑制するということで今やすっかり有名になりましたが、その中でもエラミミズは体が大きく動きも活発なタイプです。と言っても畑ミミズよりは小さく細く、手のひらに十分乗るサイズです(写真3)。イトミミズの特性を簡単に紹介しますと、田面で土の中に頭を突っ込んで、お尻(尾部)を水中に突き出してゆらゆらと激しく動かしているのが彼らで、そんな光景が自然農法田などではよく見られます。イトミミズはその体勢で微生物や有機物を泥ごと食べて、水中に突き出した尾部から土壌表面に糞を排泄していきます。イトミミズの口は極めて小さく、微粒子のみが摂食の対象となるため、土壌表層には微粒子状の糞がどんどん堆積していくことになります。つまり雑草の種子はイトミミズの口には入らないため、どんどんと土中に埋没していき発芽できなくなるということです。以上が主なイトミミズによる雑草抑制のメカニズムです(写真4,5)。

写真4↑は湛水状態におけるエラミミズの活動の様子。赤く見えているのはエラミミズの尾部部分で、実際は激しく揺れている。写真5は落水状態の様子で、浮草が田面にへばりついてしまっているが、エラミミズの糞(土)が盛り上がり、浮草はすっかり埋もれてしまっている。

このように、雑草を制御してくれるありがたい生き物です。そして彼らは落水後、土中に潜って越冬します。表1はエラミミズの越冬深度の傾向を調べたものです。エラミミズは落水に伴い適当な生育条件を求めて徐々に潜っていくことが見て取れます。こういった傾向は生き物全般に見られるもので、季節による環境の変化に伴い、生息エリアを変えていきます。田んぼに水が十分あれば、冬、雪の降る中でも、エラミミズが田面で活動している様子を見かけることがありますが、落水後は、土壌の乾燥と気温の低下に伴い、少しずつ深く潜っていくことが想像されます。つまり、表1から示唆されるように、落水後まもない耕起はエラミミズを傷つけその多くを死滅させてしまう危険性が高くなります。つまり次のような考え方も出来るのです。エラミミズが地中深くに潜った頃は、土壌の乾燥も進み、稲ワラも十分風化された頃であり、その頃に耕起すれば、エラミミズを死滅させることもなく、かつ稲ワラの腐熟化を促進させることができるということです。逆にエラミミズが表層で生息活動しているような土壌水分では、到底耕起に適した土壌状態にはなっていないということです。「何かを達成するために、ある何かを犠牲にしてしまうのは本物の技術ではないのではないか。本当の技術はすべてが生きるものである。」「ひとつが良いとみんな良い。」ひょっとすればエラミミズの越冬と稲ワラの風化の関係は決して偶然ではないのかもしれない、と感じています。(参考文献:栗原康(1983)「イトミミズと雑草―水田生態系解析への試み」化学と生物Vol21)

表1
エラミミズの越冬深度傾向(個体数/20×20㎝当たり、各一連)
(1999、原田)

採取深度
(cm)
0~7 7~14 14~21 21~28
耕起 0 0 29 11
無耕起 0 0 60 18

土採取時期:1999年3月6日、採取地:長野県波田町農業試験場A3圃場・表層腐植質多湿黒ボク土水田、処理:秋(11/24)耕起(10cm)の有無を設けて、それぞれ20×20cmの調査枠を設定し、深度別に採取した。