第1章
目次
1.圃場を知ることから始める
「夜、たばこの煙で、風がどこから吹いてくるかを見る。どちらから吹く風か、それによって温度が全然ちがう」
これは東北の自然農法田を調査に行った時、農家が春の苗管理について語ってくれた言葉です。
例えば、どこそこで成功している方法というのは、必ずしも自分の田んぼに当てはまるとは限りません。何故なら、その方法(技術)を支えているのは‘風土,であり‘圃場条件,だからです。つまり、その方法(技術)を適用するにあたっては、それが実施されている気候や圃場条件をまず知る必要があります。
例えば、不耕起栽培は、原則的には水持ちの良い田んぼに限られますし、雑草対策としてのボカシ散布は、用水温が高い、水持ちが良い、田植えが遅い等、田水温がより高くなりやすい条件の方が有利です。圃場条件を知って初めて‘技術,は使えるものになります。圃場条件が違えば、方法が180度変わることも十分あり得るのです。
ゆえに方法の適用は、それをそっくりそのまま真似ることではなく、その圃場で、その方法がうまくいっている理由、つまりその技術の成立条件(圃場条件等)を探り、急所(メカニズム)をつかむことにあります。そして自分の圃場でその技術を成立させる条件を揃えることが可能であるかどうかといった視点が必要になってきます。すなわち、圃場条件を踏まえることによって初めて、栽培方法や田んぼへの正しい関わり方が見出せてくるのです。自然農法の稲つくりのはじめの第一歩は‘圃場を知る,ことです。
2.目指す土の姿とは
1)トロトロ層と層の分化
田んぼの土壌断面写真(写真右側は土壌を取り出して撮影したもの)


写真3↑
雑草制御水田における収穫期の土壌断面の様子(灰色低地土・埴壌土)
上から①トロトロ層、②砂利層、③原土層の3層に分化している。
(2005年9月21日 広島県神石高原町にて撮影)


写真4↑
雑草多発圃場の土壌断面(細粒褐色低地土・埴土)
層の分化は全く見られない。
(2007年10月15日 京都府南丹市にて撮影)


写真5↑
写真4の隣接圃場。写真3と同じく明確な層の分化が確認されるが、層の厚さや質は異なる(細粒褐色低地土・埴土)。こちらも雑草の発生は極めて少なく稲の生育は良好であった。(2007年10月15~16日 京都府南丹市にて撮影)
→ ワンポイント:田んぼで行う土壌断面の簡単な確認方法を紹介
まずは上の写真3・4を見て下さい。写真3は‘稲が良く育ち雑草の発生が少ない田んぼ,そして写真4は‘稲が育たず雑草が多発する田んぼ,の典型的な土壌断面の様子です。その違いは一目瞭然で、写真3は土壌が層に分かれていますが、写真4は層の分化が全く見られません。写真3は上から①トロトロ層(微粒子層*)、②砂利<および有機物集積>層(ボソボソ層*)、③原土層に分化しています(*は片野氏命名)。
層の構造を簡単に説明しますと、いわば①トロトロ層と②砂利層は、一見上は③元々の原土が「粘土粒子等の微粒子」と「砂等の粒径の大きなもの」とに分離されたものに見えますが、実際は微生物や水生ミミズの働きが加味されたもので、田んぼ(土壌タイプ)によって、同じ原理で層の分化が見られたとしても形成される層の厚みや質にはその田んぼの特徴が明確に表れます(写真5)。
このトロトロ層について、自然農法センターの当時の京都試験農場長・原川達雄氏は、次のように述べています。
「一般に言われているトロトロ層とは、腐植が中心になっており、そこに粘土が加わり、これを微生物やミミズなどの出す粘質物でつないだものでできています。このトロトロ層はイトミミズの糞によって厚くなります。また、ボカシ散布後7日ごろからイトミミズは増えます。トロトロ層は永年有機物などを施用し続け、良く肥えた土壌で多く発生します。また深水で代かきしたときにも良くできるようです。そして、この層が2㎝以上あれば雑草を抑制することができます。この場合の抑制のメカニズムは、比重の軽いトロトロ層の下層に雑草の種子が沈んで、地表面の浅いところでしか発芽できない1年生雑草は発芽できなくなるのです。」(原川達雄「ボカシ堆肥とレンゲで雑草対策~トロトロ層の再現技術を追う~」より:自然農法センター発行「農家だより」1998.5.20 Number4に所収)
ある農家は「土が良くなってトロ土ができやすくなった」としみじみ語ってくれましたが、数多くの自然農法田の観察からは、自然農法の実施年数が長く、土が十分に育ってきた田んぼほどトロ土の質は良くなることが分かります(ただトロ土が多ければいいというわけではなく、前述したように田んぼによる特徴や違いがあります)。それは代かきすれば一目瞭然です。良い土は入水して代かきすればさっとトロ土が出来上がってきます。
冬期湛水においても全く同様で、十分育ってきた土と育成途上の土では、春に最終的に出来上がるトロ土の質の差は歴然です(下:写真6)。すなわち、本来期待される機能を有したトロトロ層をはじめとする層の分化は一朝一夕にはできないのです。
田植えまでに必要とされる多くの作業がありますが、その重要な命題のひとつは、この層の分化、すなわちトロトロ層の形成にあると言っても過言ではありません。良いと言える田んぼは、ほぼ100%良質なトロ土を有し、明確な層の分化が見られるからです。それは土壌に一定量の腐植が存在し、かつ一定量の有用微生物群が生息活動している証でもあるからです。


自然農法開始1年目↑


自然農法開始2年目↑


自然農法4年目↑
土壌断面調査のすすめ: 研究者が本格的に行う土壌断面調査は、掘り穴が幅1m、深さ1~1.5m位になり、大変な1日仕事です。ここまではできなくても、深さ40cm程度掘ってみるだけで、思わぬ発見があります。栽培を構築していく上で大変役立ちますので、少しでも掘ってみることをおすすめします。(※作土と下層土は別々に置き、最後に元の状態に埋め戻すようにします。)
2)土中ワラの腐熟化促進
トロトロ層の下層、すなわち稲の根が伸長していく土中部分についても検討する必要があります。まずは写真7の上段を見て下さい。これは道ひとつ隔てて隣接する2枚の田んぼの様子ですが、左側はコナギが多発し、右側は雑草が非常に少ないことが見て取れると思います。
写真7↓(計4枚)




写真下段はその田んぼの稲の根の様子を撮影したもので、左側は根が赤く、右側は根が白いです。どういった理由でこういう現象が見られるのかと言いますと、左の圃場では秋処理が遅れ年明けの2月に収穫後初めて耕起を行ったため、ワラの分解が進まず、未熟ワラの弊害が出たのです。逆に右の圃場は、早期の10月に秋耕起を実施したために未熟ワラは残存せず、稲の根は白く、草は極めて少なくなったものと思われます(稲ワラをすき込まない不耕起栽培でも同様に稲の根は白くなる傾向が見られます)。
すなわち、土中にワラ等の未熟な有機物が残存していない状況では、稲の根の伸長はスムーズで雑草の発生が少なくなる傾向が見られます。反対に土中に未熟なワラが残存しているとコナギやイネミズゾウムシは明らかに誘発されてきます。こういった一連の未熟ワラによる弊害が見られた事例は枚挙にいとまがありません。すなわち、田植えまでに土中の未熟ワラは十分に腐熟させておく必要があります。
以上を整理すると、秋からの栽培で、意識を集中させていくところは①トロトロ層の形成と②土中ワラの腐熟化促進、の2つになるわけです。栽培のイマジネーションをこの2点に集約させていくわけです。
3)要点 ~「トロトロ層の形成」と「ワラの腐熟化促進」~
前述したように、トロトロ層は、粘土と腐植を材料に微生物や水生ミミズの働きが加味されて出来上がっていきます。片野学教授は「自然農法のイネつくり」(農文協、1990)の中で、トロトロ層の形成は秋からの稲ワラの腐植化の進行度にかかっていることについて言及しています。
すなわち収穫後の稲ワラは、十分に腐熟化されることにより、最終的にはトロトロ層の主材料のひとつになり得ると同時に、腐熟化される過程で多種多様の微生物が関与し、その生成物もまたトロトロ層を形成する格好の材料になり得ると推測されます。
比嘉教授は「微生物の農業利用と環境保全」(前掲書)の中で次のように述べています。
「土壌に投入された未分解の有機物を、高温もガスも発生せずに発酵的に分解すると同時に、分解過程における有害な還元物質を合成的に有効利用する系を発酵合成型土壌と称している。」
さらに
「浄菌・発酵・合成の系が有機的に機能している場合(中略)このような系で生成される種々の有機物はアミノ酸、糖類、ビタミン、生理活性物質、エステルなどで、植物に容易に吸収されるだけでなく、他の有効な微生物の基質(エサ)ともなる。」
つまり前述したように、土がより良い状態(発酵合成型土壌など)になれば、トロトロ層の形成はさらに安定的に進むことは明らかであると言えます。ポイントを掘り下げるなら、栽培管理を通して、春田植えまでに、新鮮有機物である稲ワラを基質(エサ)に、どこまで有用な微生物が安定的に生息活動できる土壌環境を誘導できるかにあります。言い換えるなら、秋から始まる田んぼでの有用微生物群の培養です。
こうして見てくると①トロトロ層の形成と②土中ワラの腐熟化促進は同一線上にある、ある種同一命題であると言えます。稲ワラが微生物の働きによって徐々に腐植化され、その一部はトロトロ層へ、また他の一部はその下層で土を育てていくのです。収穫後の稲ワラは、春から夏にかけて発達するトロトロ層へのイマジネーションを既に含んでいるのです。
コラム2
その1「自然の摂理に従う」
第2章 自然農法無農薬の米作り~各種栽培のポイント~ へ進む