自然栽培米について

目次

●当農園の自然栽培米について~定義と栽培基準~

・無農薬・無化学肥料・無除草剤に加えて完全無肥料

・完全無肥料の自然栽培米への変遷

木村秋則氏の自然栽培技術の影響

・自然農法が原点

二人の自然農法創始者 ~岡田茂吉と福岡正信~

●私の自然農法観について

・当農園における自然栽培米と自然農法米の違い

・当農園が販売している自然農法米について

当農園の自然栽培米について~定義と栽培基準~

無農薬・無化学肥料・無除草剤に加えて完全無肥料

当農園の自然栽培米は、自然農法の理念・原理<下記>に則り(自然の摂理に従う)、無農薬・無化学肥料・無除草剤、かつ完全無肥料で栽培を行い自然(土・種※1)が本来持っている偉大な力を最大限に発揮させることに主眼を置いた栽培方法で育てたお米です。

農薬・化学肥料・除草剤は一切使用しないことを大前提に、加えて田んぼには一切何も施用しない完全無肥料栽培を徹底しています。

当農園では<自然の摂理に従う>自然農法の一環として自然栽培に取り組んでいます。

昭和10年(1935)、創始者の岡田茂吉(1882-1955)は農薬や化学肥料に依存しない自然農法について、つぎのような理念と原理を示しました。
【自然農法の理念】大自然を尊重し、その摂理を規範に順応する
【自然農法の原理】生きている土の偉大な能力を発揮させる
公益財団法人自然農法国際研究開発センター(略称:自然農法センター)HPより抜粋
※1:水稲品種は自然農法栽培向きと認めた九州の品種「にこまる」(美味しさに定評がある品種)を使用し、毎年厳選して自家採種を繰り返してきた、はらだ自然農園の自家採種米「にこまる」です。

完全無肥料の自然栽培米への変遷

木村秋則氏の自然栽培技術の影響

私(京都丹波の里はらだ自然農園代表:原田健一)は、1997年から2007年にかけて自然農法センターに研究員・技術普及員として在籍し、自然農法センターを退職後、研究圃場や農家現場で学び研究した自然農法の技術・知識を拙著:自然農法の水稲栽培~栽培のイマジネーションとその立脚点~(2009)、にまとめて出版しました。


当農園の自然農法の栽培技術の基礎や考え方は当拙著に記載してありますが、京都丹波の里山の田んぼで、自然農法実践農家として(2008年~)、土を育て、自家採種を毎年繰り返す中で、田んぼには一切何も入れない完全無肥料でも自然農法の稲は十分に育つということに気づきました

木村秋則氏が提唱した「自然栽培」に触発され、影響を受けました。加えて、無肥料の自然栽培米を求める消費者の声に後押しされました。栽培基準は木村秋則氏が提唱した「自然栽培」に準拠し、自然栽培米という名称もそこから取っています。

そして当農園にとって大切なことは、田んぼの土が育ってきたこと、自家採種により当農園の種もみ“にこまる”(水稲品種)の性質が当地の田んぼに合わせて変わってきたことです。つまり、無肥料自然栽培米への流れは、当農園にとっては”自ずからなる”極めて自然な流れだったのです。

さて、”自然栽培”と”自然農法”、似たような言葉が出てきて混同されてしまうかもしれません。ここで“自然農法とは何か?自然栽培とは何か?”について整理し、以下にその概略を説明したいと思います。

自然農法が原点

二人の自然農法創始者 ~岡田茂吉と福岡正信~

自然農法は、昭和の初めに、岡田茂吉氏(1882~1955)と福岡正信氏(1913~2008)によって相次いで提唱されました。この二人の創始者によって提唱された自然農法がすべての大元(原点)になっています。

そして自然栽培の木村秋則氏に大きな影響を与えたのが福岡正信氏の自然農法です。自然栽培の原点は自然農法なのです。

「田も耕さず 肥料もやらず 農薬も使わず 草もとらず」
(福岡正信著「自然農法 わら一本の革命」春秋社1983より)

福岡正信氏は、”一切の人智人為は無用である”と説きました。

一方、岡田茂吉氏の自然農法は以下のようなものです(自然農法の理念・原理は既述)。

自然農法は江戸時代からの伝統農業や現在行われている慣行化学農法のように肥料によって作物を栽培するという農法ではなく、自然農法は生き生きしている土の偉大な能力を発揮させて作物を栽培するのであって、単に野生化するのではなく、人間の慧知や愛情を加えることによって、いかに生き生きしている土に育て、その能力を発揮させるかという、新しい農法を説かれました。

自然農法センター在職当初の研修資料(1995年発行)より引用抜粋

人(栽培者)が自然の摂理に則った関わり方をすることによって、自然(土)の偉大な力を発揮させるという観点に立ったものです。

また同資料の中に次のような記載があります。

創始者が自然農法を初めて提唱されたのは昭和10年であり、当初は「無肥料栽培」といわれていました。

岡田茂吉氏の説いた自然農法は、農薬・化学肥料・除草剤を使わないことはもちろんですが、このように当初は完全な無肥料栽培でした(岡田茂吉は当初は”自然栽培”とも呼んでいました)。木村秋則氏が提唱した自然栽培や全国各地で実践され”無肥料自然栽培”と謳われているものは、岡田茂吉氏の説いた自然農法(無肥料栽培)と原則同じ栽培方法です。

しかし現在、全国の各地で実践されている自然農法は、無農薬・無化学肥料・無除草剤の栽培は大前提ですが、有機物等の施用に関しては、各種団体や栽培者によって捉え方が様々なところがあり、必ずしも完全な無肥料栽培ではありません。

もちろん、当初から、岡田茂吉氏の説いた自然農法(無肥料栽培)の原則通り”完全な無肥料栽培”を実践してきた自然農法団体もあります。

このように自然農法の捉え方は、無農薬・無化学肥料・無除草剤の栽培という大前提のもと、「自然尊重・自然規範・自然順応」という理念、「土の偉大な力の発揮」という原理は同じであっても、特に有機物の施用に関する農家現場での実践方法(栽培技術)は様々なのです。

繰り返しになりますが、自然農法においてまず念頭におくべき最も大切なことは、

大自然を尊重し、その摂理を規範に順応することにより、生きている土の偉大な能力を発揮させる

ことです。

大自然とは何か?その摂理とは何か?土の偉大な力とは何か?

岡田茂吉氏は示唆に富む多くの言葉を残しています。以下にそのいくつかを紹介します。

「土とは造物主が人畜を養う為に作物を生産すべく造られたものである以上、土そのものの本質は、肥料分があり余る程で、言わば肥料の塊(かたまり)といってもいい位のものである。」

「自然農法の原理は飽迄(あくまで)土を尊び、土を愛し、汚さないようにする事である。そうすれば土は満足し、喜んで活動するのは当然である。」

「土を愛し、土を尊重してこそ、その性能は驚くほど強化される。」

「自然農法の原理とは、土の偉力を発揮させる事である。」

(以上、自然農法センター発行、「自然農法」誌より)

最近、改めてこうして残された岡田茂吉氏の言葉を心の中で思い出しました。その瞬間、私はこの原理に前よりほんの少しだけ触れた気がして(いや、原理というより、この言葉にほんの少し近づけたという表現のほうが妥当かもしれない、原理にはまだまだ遠い)、私はまだまだ”何にも分かっていない”、もっともっと本当に”土と向き合っていきたい”、と強く思いました。

私の自然農法観について

先述したように、私は10年余り自然農法センターに在籍し、自然農法について諸先輩や実践農家の方々から多くのことを教えていただきました。また当センターの研究実証圃場において自らの手で稲を育て、全国各地の数百の自然農法田において観察に明け暮れる日々を過ごしてきました。

その日々の中で感じたことは、自分(技術)を田んぼに押しつけるのではなくて、自然(田んぼ)に合わせるしかないということです。

そして独立し自然農法農家になってしみじみ感じたことは、自然(田んぼ)を前にしたら、”自分はない”ということでした。

つまり自然農法農家という日々の経験の中で、自然(田んぼ)の前では、自分は”何者でもないのだ”と実感しました。自然の摂理に従っているだけだ、ただ自然に仕えているだけなのだと。

自然の中で打ち立てようとする”我”の、なんて脆く弱く頼りないことか、自然にとっては人の我なんてどこ吹く風、自然の摂理は、その摂理に則って、ただたんたんと進んでいく、無情でもなく、不条理でもなく、ただすべてをつかさどる大自然があるのみです、私はただ一人の百姓としてその大自然の中のただ一部としてそこにいるだけなのです。

< “何者でもない”、これは極論であり、あくまで私の個人見解的な百姓観です。>

話を元に戻しますが、先に”自分(技術)を田んぼに押しつけるのではなくて、自然(田んぼ)に合わせるしかない”と述べましたが、その中で、例えば、無肥料になったなら無肥料だし、場合によってはその土地に合った有機物の施用もあっていいと思っています。

優れた技術は数多くありますが、どんな素晴らしい技術であっても、すべてにおいて必ずしも優れているわけではない。

自然(田んぼ)の声に耳をすませ、自然(田んぼ)に合わせた結果、自ずからそうなるのがいい、でも、色々なかね合いの中でまた違う方法になったならそれはそれで素晴らしい農法(栽培)だと思っています。

最後にものをいうのは、心がこもっているかどうかなのだと、私は思っています。サン=テグジュペリの『星の王子さま』ではないですが、本当に大切なものは本当に目に見えないのかもしれないと感じています。

自然農法の世界はとても奥深く、まだまだ分からない、目に見えない部分が多く残されていると思っています。

当農園における自然栽培米と自然農法米の違い

当農園が販売している自然農法米について

現在、当農園では無肥料の自然栽培米を主に栽培していますが、自然栽培とは別に、一部の田んぼで自然農法米を栽培しています(ゆくゆくはすべて自然栽培に移行予定)。自然農法米では生き物を育てるために少しの米ぬかを施用してお米を育てています。ここで大切なところは、その米ぬかは稲の肥料ではなく、田んぼの生き物の餌であると明確に位置付けて(意識して)施用することです。お米を育てるのは、肥料ではなく、あくまで”土の力”、”生き物”であると強く意識(イメージ)することです。

自然栽培米と自然農法米はどちらも素晴らしく、当農園が自信を持ってお届けできるお米です。→ 自然栽培米・自然農法米の販売ページ

自然(田んぼ)をよく観察し、自然(田んぼ)の声に耳を傾け、自然の摂理に則った形で、栽培者として田んぼに関わり、何より精一杯心を込めて育てたお米(作物)は“食は人を良くする”と書くように、本当に美味しくて、真の意味で人を満たすお米(作物)であると思っています。

これまでに述べてきたような観点から、私は岡田茂吉氏が説いた自然農法の一環として、完全無肥料の自然栽培に取り組んでいます。

先述したように、技術が先にあるのではなく、自然が主体の結果において、自ずからそうなったのです。技術はもちろん自然観察の先にあるので、技術主体でも状況によっては同じことなのかもしれませんが、農家(百姓)としての私の感覚としては、やはり自然が主体なのです。

岡田茂吉氏が説いた自然農法は、目に見えないものを確かに捉えていますが、私にはまだまだ分からないことが多く残っています。


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