目次
(1)遅植えのすすめ
(2)寒冷地の場合
(3)冷害対策 ~作期の重要性~
(4)暖地の場合
(5)多様な作付け
1)栽植密度と植え付け本数 ~重要~
‘苗がどれだけの密度で植えられるか,これは稲の生育相を左右しかねない極めて重要な決定的要素になります。苗の密度は、①単位面積当たり何株植えるかという「栽植密度(株/坪)」と、②1株当たり何本植えるかという「植え付け本数(本/株)」によって決まります。
「坪何株植えようか」「株当たり何本植えようか」その主な目的は、‘図5のB曲線の軌道(有効茎歩合100%※)に稲の生育を乗せていく,ことです。
つまり‘栽植密度,と‘植え付け本数,をどの程度に設定すれば、無駄な分げつを発生させることなく目標穂数を確保できるかということです。無駄な分げつが発生しないということは、その分、株内競合により分げつ茎が互いに邪魔され弱体化することがなくなるため、きれいに開帳し、1本1本の茎が太く穂も大きくなり、草姿も受光体勢に優れた、登熟力が高い、逆三角刑型になります(後述)。図5Bの生育相を目標として苗の植え付け密度を決定していくわけです。
(※有効茎歩合100%は難度が高いため、収量的には、有効茎歩合は90%程度に設定する方が無難です。つまり、10%程度の無効茎を出すつもりで、出穂前30日頃に最高分げつの小さい山を持ってくるイメージです。)
この場合、考慮しなければならないのが①圃場条件、②苗質、③栽培方法、です。すなわち、①地力の発現(土壌からの養分供給)が初期から多く見られるかどうか、②苗の分げつ力はどうか、③どんな有機物をいつどれくらいの量を施用したか、もしくは施用するか(肥効の出方はどうか)、それとも何も施用しないのか、つまり、総合的(経験的)に見て‘分げつを促す力はどの程度であるか,ということを想定した上で、‘栽植密度,と‘植え付け本数,を決めます。要するに、分げつが確保できにくい条件であれば、栽植密度と植え付け本数を多くし、反対に、分げつが確保しやすい条件では、栽植密度と植え付け本数を少なくする、ということです。
箱育苗の場合、1本当たりの植え付け本数は、原則、上限を4本とします。5本以上は、田植え時点で既に株内競争が起こるためです(図6)。しかし田植え機で平均4本植えに設定すると、どうしても5本以上で植え付けられる株が増えてきます。また植え付け本数を少なく平均1~2本植えに設定すると欠株率が高くなってきます(但し精密に播種し田植え機とのマッチングが良ければ上手く植わります)。
(栗原浩監修/千葉浩三著「図集 作物栽培の基礎知識」農文協1980p26第47図を参考に作成)
つまり、田植え機による基本的な植え付け本数は、平均2.5~3本植えが適当になってきます。ゆえに、苗密度の調整は、まず「栽植密度(株/坪)」で行います。そして次に「植え付け本数(本/株)」を調整するといった順番になります。ちなみに、植え付け本数は、箱当たり播種量(g/箱)と栽植密度(株/坪)が分かれば、使用する箱数の調整により、ほぼ正確に設定できます(表3参照)。
注)乾籾千粒重27.5g(玄米千粒重22g)、出芽率90%、1箱当たり苗立ち数2618本/箱(箱当たり乾籾播種量80÷乾籾千粒重27.5/1000)×0.9(出芽率)として計算
※1 10a当たり株数(1000㎡÷条間0.3m÷株間m)
※2 10a当たり必要苗数(10a当たり株数×1株当たり平均植付け本数)
※3 必要箱数(10a当たり必要苗数÷1箱当たり苗立ち数)
図中●A圃場は祭り晴、×B圃場はヒノヒカリ(田植え機使用)
※植え付け本数を増やしたからと言って、必ずしも分げつ数が増えるとは限らない。逆に言えば、2~3本植えでも環境を整えることで、穂数は十分に確保できる。
2)植え付け深度
植え付けの深さは、2~2.5㎝くらいが適当です。田植え機で普通に植えれば大体この程度に収まりますが、必ず1度は田植え機から降りて深度を確認しましょう。特に注意しなければならない点は、①田植え後にボカシ等の散布を行う場合、植え付けが浅過ぎると根に障害が出る恐れがあるということと、逆に②深植えし過ぎると、分げつが抑制され、特に稲株が開帳型にならずに寸胴型になってしまい受光体勢が極めて悪くなるということです(写真20)。
田植え時の①浅植えと②細植え(植え付け本数1~3本)は、稲株を受光体勢の良い開帳型の草姿(稲株が扇状にきれいに開いた状態)に導いていくための鉄則です。稲はその生理特性上、すべての茎にまんべんなく太陽の光が当るように、最初は左右180℃に、そして前後にも角度を調節しながら分げつを抽出させていきます。その結果がいわゆる‘開帳型,です。ゆえに、分げつ抽出時に稲株が開帳していくのを妨げないように浅植えおよび細植えにするのです。浅植え・細植えは稲が開帳しているイメージを反映※させたものです。深植えと太植えは開帳を妨げます。但し、浅く植えすぎると稲が倒れる時があるので注意が必要です。
また田植え後、トロトロ層が厚さ数cmに発達し株元がすっかり埋もれてしまうことがありますが、開帳を妨げることはほとんどないので心配はいらないと思います。但し、分げつを開帳させる能力は、健苗で優れていることは明らかであり、健康な苗作りを心がけることも重要です。
※“つながり”を持たせ“連動”させていく意識を持つか持たないか、僅かな意識の差ですが、同じ作業に見えても、農業者のイマジネーションの違いが要点(ツボ)のおさえどころの違いを生み、知らず知らずのうちに結果に大きな違いを生み出します。
3)植え付け穴に注意
田植え機による植え付け穴は、田植え時に水を落とし過ぎ田面が露出し、土が固くなってしまった場合にみられます(写真21)。大きな植え付け穴ができてしまうと、例えば田植え後に散布した米ぬかやボカシが植え付け穴に入り込んでしまい根に障害を与えるなど、根の生長に対して何らかの阻害要因が生じる可能性があります。すなわち水は落とし過ぎず、適度に田面を被っている程度の浅水状態で田植えを行うのが理想です。
4)水は落とさずに田植えする
実は田植え時に浅水の湛水状態にしておく利点は、もっと積極的なところにあります。①深水植え代かき後の濁り水(肥え土)を流し出さず、②できるだけ田水温(地温)が高い状態を維持しておくということです。田植え前に、田んぼで温められた水を落として、田植え後に再度水を入れ直すと、天気や入水時間によっては田んぼが完全に冷え切ってしまうことがあるからです。特に寒冷地で完全に地温が冷え切ってしまった場合の苗に及ぼす影響はきわめて大きいものがあります。私のもっともひどい栽培経験では、1週間程度、苗が黄化したままだったことがあります。田んぼを極力温かい状態に保つ利点については「畦作り」の項で既に述べた通りです。
5)田植え時期と品種の選択
(1)遅植えのすすめ
遅く田植えするということは、それだけ田水温(地温)が高まり、地力の発現(土壌からの養分供給)が多くなってきますので、①苗の活着は良くなり初期生育は旺盛になります。②微生物の活性が高いためボカシ散布の効果も上がりやすくなります(後述)。また③2回代かきを行っている場合、荒代~植え代の間に芽を切ってくる雑草が多くなるため、植え代かきを浅く行えば、表層土壌の雑草種子密度が低くなる可能性もあります。つまり遅く植えるほど、①苗の初期生育が良く、②ボカシ散布の効果も高く、③表層の種子密度も低くなる、ので雑草対策上は有利になります。成苗は、より遅く植えることが可能であり、さらに発根および分げつ力に優れるため、地上部・地下部共に生育量が多く、それだけ雑草より優占的に生育が進むためより有利になります。
田植えは、栄養生長期間(田植え~出穂まで)が必要充分に取れ、かつ地域における安全出穂期晩限までに出穂する(十分な登熟期間が確保できる)範囲で行います。‘への字稲作,で有名な井原豊氏は次のように述べています。
「イネの理想の生理からみれば、出穂75日前の田植えがよい。早生も晩生も、暖地も寒地もほとんどかわらない。」(前掲書「写真集・井原豊のへの字型イネつくり」より)
遅植えは、地力依存度が高い自然農法の水稲栽培に適していると言えますが、他にも稲の生理に則している面があります。また同様な観点から品種の選定も重要な要素になってきます。次に寒冷地と暖地に分けて、具体的に見ていきましょう。
(2)寒冷地の場合
特に寒冷地では遅植えが有効です。しかし早生品種を遅植えすると、体が十分に出来上がらない内に出穂してしまうため(栄養生長期間が短い)、生育量が不足し収量が上がりません。また晩生品種(特に極晩タイプ)は、田植えのちょっとした遅れや天候状況などにより安全出穂期を超えてしまう場合があります。特に冷害年は生育の遅れから登熟不良を引き起こす可能性が高まるため(遅延型冷害)、遅植えには向きません。
いずれにせよ、中苗以上を植え付けるとして、田植えから出穂までがおよそ80日までに収まってくれるほうが作りやすいと考えられます。つまり、早生にせよ晩生にせよ、早く植えても遅く植えても稲生育および雑草対策上、リズムに合わず、どうしても栽培の難度は高くなってきます。そのため、稲の生理や雑草対策を考慮すれば、地域における中生~中晩生をやや遅めに植える方法が最も適していると言えます。
(3)冷害対策 ~作期の重要性~
2003年、宮城県古川市に在任中、冷害に遭遇しました。やませ(偏東風)による影響で、東北地方の太平洋側や山間部では、6月下旬から8月にかけて、異常な低温と日照不足に見舞われ(図8)、1993年以来の大冷害となりました。地域によりイモチの蔓延も伴い(写真22)、障害型と遅延型が併発した「混合型冷害」でした。冷害最大の要因は、花粉が形成される減数分裂期(穂ばらみ期)と7月中下旬の低温期が重なり、障害不稔が多発したことでした。際立ったのは、5月10日(頃)以降に田植えされた稲には障害不稔がほとんど見られなかったことでした。つまり極度の低温期が過ぎ去った7月31日以降に減数分裂期を迎えたためです。
※7月中旬~下旬にかけて最低気温が軒並み17℃を下回るという極めて厳しい状況。太陽もほとんど顔を覗かせなかった。
穂いもちのため、茶色に変色してしまった水田。被害を免れた稲の緑色とのコントラストが痛々しい(中央3圃場を除きイモチが蔓延している)。=9月10日午後3時ごろ、仙台市若林区荒浜地区/河北新報掲載記事「憂いの秋 茶色の稲穂~仙台・いもち広がる」より
冷害対策としての深水管理や品種の耐冷性による差は、時に有効な手段になり得ると考えられていますが、2003年の気象条件では、効果は低かったことが推測されました。言い換えれば、対処療法では回避できない厳しい気象条件であったと言えます。また用水に十分水がこなかった場合や、用水温が17℃以下で逆効果の場合もあったと聞きました。ちなみに、自然農法田は、一部を除き、雑草対策も踏まえ5月中旬以降に田植えが行われることが多く、東北全体で見ても、ほとんど問題はなく平年作が確保されました。
自然農法や有機農業の稲(田んぼ)は冷害に強いとよく言われます。確かに、悪天候にびくともしない、そんな‘豪傑,稲も存在すると思われます。イモチに強いことも事実です(しかしボカシ多施用田ではイモチが多発した)。様々な客観的状況から判断すれば自然農法や有機農業の稲(田んぼ)に分があっても決しておかしくはありません。また、東北の篤農家から「健苗で減葉しないような余裕のある稲は、田植え時期が同じでも、稲自身が出穂期を見計らい、生育を遅らせ異常気象に対応できる」と教えていただきました。
しかし、2003年の冷害では、自然農法と慣行農法に明確な垣根は感じられませんでした。7月の低温に減数分裂期が遭遇したかどうかが一つの大きなポイントであり、自然農法の稲といえども、極端な低温と減数分裂期が重なれば、影響は大きく、実際、強い障害不稔も確認しています。いくら余裕のある稲でも5月連休中に植えられれば減数分裂期の直前で天候の回復を‘待つ,にも限度があると推測されます。こうしたことからも、冷害常襲の東北では、まずは晩期栽培(5月中旬以降に田植え)をすすめていくのが得策であると考えられました。
この点に関して民間稲作研究所の稲葉光國氏は著書の中で次のように述べています。
「昭和9年から63年までの54年間のうち、障害型の冷害を被った年の気象変動を調べてみると共通しているのは7月中旬から8月上旬までの約20~25日間に17℃以下の低温に見舞われ、この時期に減数分裂期を迎えたイネが障害型の冷害に遭遇している。
出穂前13日が障害型の冷害を受ける限界日なので、障害を受けない最低温度、17℃を超える日から13日後に出穂となれば障害型の冷害にあわずにすむ。17℃を超えるのが8月1日ごろなので安全出穂期は8月13~16日の範囲になる。(中略)また、葉齢のすすんだ健苗を小苗で植え付けると、前述したように出穂期の不良環境を避けて出穂するという能力を持つので、出穂期を早めるよりはむしろ遅らせたほうが安全である。東北各県で多少のずれがあるが、最も安全な出穂日は8月14日前後と考えられる。」(稲葉光國著「太茎大穂のイネつくり」農文協1993)
稲にとって‘極限状態,と言える冷害を目の当たりにしてしみじみ感じたことは、“作期”の重要性でした。
(4)暖地の場合
暖地は作期の幅が格段に広くなりますが、遅めに田植えした方が作りやすいことに変わりはありません。暖かいため、早生品種を遅く植えても十分に分げつを確保できることが多いですが、低温や日照不足など天候が悪化すれば生育が不足することもあります。そのため田植えから出穂までおよそ70日程度は確保できる範囲で遅植えすると良いです。
しかし早生品種は遅く植えても中生や晩生品種に比べて出穂期は早く、暑い最中に出穂してくるので、夜間の呼吸量が多くなり稲のエネルギー(光合成産物)消耗率が高まり、高温登熟障害につながる可能性があるなど登熟条件は決して良くはありません。
また晩生品種では、田植えから出穂までの期間が80日を超えてくると、稲の生育が間延びしてきます。特に暖地で晩生を栽培すると、出葉数が多いため、下葉が増え、ワラ量が増え、有効茎歩合も低くなる傾向が見られます。また雑草防除期間も、栄養生長期間が伸びる分、長くなります。晩生もまた作りにくいと言えます。
結局、寒地暖地を問わず、稲生理と雑草対策を考慮すれば、中生~中晩生の品種を選び、やや遅めに田植えするやり方が最も適していると考えられます。ただし、これらはあくまで栽培生理上の話です。実際の作付け状況は多様です。
(5)多様な作付け
例えば、コシヒカリは美味しい品種として有名なため、全国的にきわめて高い人気があります。表4を見て下さい。これはある県の栽培例ですが、この地域では極早生※にあたるコシヒカリは暑い最中に出穂してきます。中生のヒノヒカリは、遅めの田植えで栄養生長期間も必要充分量が確保でき、かつ出穂日も登熟には理想と言えます。より良い登熟(良食味)のためには、一定の昼間の温度と昼夜の温度較差が必要です(登熟に最適な平均気温21~22℃)。前述の理由により、栽培生理上最も適しているのは中生のヒノヒカリと考えられます。雑草対策の観点からもヒノヒカリのほうがやり易いと言えます。(※同じ品種でも早晩性は地域により異なります。例えばコシヒカリは、京都では早生、宮城では極晩生になります。)
表4 某県の栽培例(月/日)
私が消費者ならヒノヒカリのほうを選びますが、市場では依然コシヒカリの人気は高いと言えます。ちなみにヒノヒカリの父親はコシヒカリです。
もし銘柄よりも作期(適種)を選ぶ消費者が増えてくれば、コシヒカリよりも他の品種が作付けされる面積も増えてくるかもしれませんが、農家側からのアピールも必要かもしれません。総合的にコシヒカリよりヒノヒカリのほうがやり易い(優れている)と判断される地域では、少面積で栽培して(サンプル用)、消費者に実際食してもらうこともひとつの手ではないかと思っています。コシヒカリよりヒノヒカリを好まれる方がおられるはずです。
また、四国や九州における早生品種を用いた早期栽培は8月中旬に収穫しますが、台風対策や販売上(新米の早期出荷)、有利な栽培体系になっています。何度か四国の自然農法の早期栽培コシヒカリを頂いたことがありますが、確かな技術に裏打ちされた、農家の真心が籠ったお米は、(前述の主旨とは反しますが)予想を遥かに超えて、とても美味しかったことを覚えています。
品種には、農家の思い入れがあり、消費者の味の好みがあり、流通上の問題があり、また用水の都合などにより地域の作付状況に合わせる必要もあります。前述したように、安定栽培の面からも、西南暖地の台風対策、寒冷地の冷害対策にとって、品種と作期が多様であることは危険分散の意味合いもあります。
重要なことは、実施しようとする栽培が、稲の生育上、どこの作期に位置付けされるのか、その作期の長所と短所は何か、といったことを把握しておくことです。つまり、いろいろな品種があり、田植え時期にも幅があり、その組み合わせにより様々な作期が選択できるわけですが、経営も含めて、目指す水稲栽培に最も適した作期(品種と田植え時期)を選ぶことはきわめて重要です。